第32話 不出来な嫁

「ルーク、お疲れ様。王子様によろしくお伝えください」


コーエン家の自室の扉の前で、馬車からおりる。


「うむ」


ルークは一言うなずくと、立派な羽で飛び立っていく。


とたんに馬車も消えてしまった。


「やはり魔法の馬車だったのね。

じゃないと、音もたてずに邸の中を走れるわけないもの」


一人でうなずき部屋へもどる。


「ただいま」


「遅かったわね。

何かあったのかと、イライラしてたのよう」


跳ねるようにベットから飛びおりたアーサに、抱きしめられた。


「心配かけてごめんね」


「ううん。アイリスが無事ならそれでいいんだ。

で、夜の大捜査はどうだったのよ」


「色々ありすぎてね。

きっと長い話になるけど平気かしら。

アーサが眠いのなら、明日にするけど」


「今がいいわ。

じゃないと、気になって眠れないもん」


「そうよね」


アーサとテーブルに向かいあって座る。


「偽の神託をださせるなんて、もうこれは犯罪じゃない」


黙って最後まで話を聞いていたアーサが、ギュッと唇をかむ。


「そこまでして、私と別れたいのよ。

笑っちゃうわね」


フンと鼻をならして、テーブルを離れる。


「アーサに今晩も助けられたわ。

お礼にタンポポコーヒをいれるから、二人で飲みましょう」


「なら、棚にチェリーチョコレートが残っていたわ」


アーサがニンマリとする。


そして、数分後ほんとにささやかな慰労会をもつ。


その夜から三日が、あっという間にすぎる。


「アイリス先生には感謝しかない」


豪華な馬車が待っている玄関先で、聖女にギュッと手をにぎられた。


「ありがとう」


初めて聖女に会った時の驚き、ゴットンとの関係、孤児院での過去。


様々な事を思い出した。


「これからお披露目をして、学園の寮暮らしが始めるのね。

いよいよ聖女様デビューね。

でも、あなたなら大丈夫よ。

私が保証する」


「また何かあったら、相談にのってね」


「もちろん」


白い襟と袖のついた濃紺のワンピースという聖女の正装は、今の彼女にはとても似合っていた。


「じゃあ、お気をつけて」


護衛騎士に守れながら、馬車にのる聖女に低く頭をさげる。 


馬車が見えなくなった時、お義母様とお姉様がやってきた。


「さあ、アイリス。私達も大聖堂へでかけましょう。

それにしても、見送りはアイリスだけでいいって、聖女様も恩知らずざますね」


「しかたがないわ。

お母様や私は、品がありすぎて近寄りがたいのよ」


お義姉様は派手な扇で顔を仰ぐ。


聖女のお披露目会には、大貴族達も参加する。


誰かに見初められる事を期待しているお義姉様は、舞踏会に参加するような豪華なドレスを身につけていた。


TPOもわからないようだ。


「アイリス。いくら私が美しいからって、そんなにジロジロ見ないでよ。

ぶしつけね」


お義姉様は自信たっぷりに笑う。


ここまで勘違いできるのが、逆に羨ましくもある。 


「コーエン家の男達が、すでに大聖堂で待ってるざます。

私達も急ぎましょう。

それからアイリス。

あなたには、言っておきたい事があります。

ちょうど、いい機会だわ。

馬車の中で、ゆっくりお話しするざます」


お義母様がそう言うと、お義姉様が意地悪い笑みをうかべた。


「はい。新婚そうそう夫に嫌われる不出来な嫁で、申し訳ございません」


口先だけで謝ると、馬車にのりこんだ。

  

「アイリス。

あなたは聖女様のように、コーエン家になんの利益をもたらさないのよ。

あーあ。嫁が聖女様だったら、どんなに鼻が高かったざますか」


「学園の勉強ができても、女として底辺ね」


馬車の中では、お義母様とお義姉様の言いたい放題に耐えていた。


けど、あとそれも数時間だ。


私はここの嫁でなくなるのだから。


「ふふふ。これで自由ね」


そう呟くと、思わず頬がゆるんでくるのだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る