第7話 聖女におちた夫

「なんだか僕の顔を見ても、喜しそうじゃないな」


ゴットンは、私から顔をはなすと、機嫌の悪い声をだす。


「そんな事ないわよ。ちょっと朝から、ゴタゴタしてて、疲れているだけよ。

気分転換にお茶にしましょうよ。

朝摘みのペパーミントがあるの」


「土産にチェリーパイを買ってきたから、ちょうどいいな」


ゴットンが、外出着から部屋着へ着替えている間に、茶器をだしてお茶の用意をする。


といっても、ポットにペパーミントの葉、レモンの輪切り、蜂蜜を入れて、お湯を注ぐだけの簡単なものだけれども。


「あー、胸がスッキリする」


テーブルについて、カップに口を添えたゴットンが、ホッとした表情にかわる。


「でしょ。お庭にもっとペパーミントの葉を、増やしていいかしら」


「ううーん。まずは、お母様に聞いてみないと」


「そうよね」


その程度のことも、自分で決められないのね。


内心、ムッとする。


けれど、言えない。


爽やかな香りのするカップを鼻先によせて、おしだまる。


「それはそうと、さっき言ってたゴタゴタってなんなのさ」


気まずい空気をよんだのか、ゴットンがあわてて話題をかえた。


「別にいいわよ。仕事から帰ったばかりで、疲れているでしょ」


「いいって。話してみて」


「実はね。やってきた聖女様のことなんだけど、私の手におえそうにないの。

初めて会う人種って感じで、どう扱っていいかわからないのよ。

お義母様や、お義姉様も、あ然としてらしたわ」


「しかたないよ。つい最近まで、平民だったんだから。

アイリスが、ちゃんと貴族のルールを教えてあげれば変わるよ」


「私も、そう思ってひきうけたのよ。

けど、前途多難そうだわ。

悪い子じゃ、なさそうだんだけれど」


カップをテーブルの置いて、深いため息をついた。


「で、アイリスを、そんなに悩ます聖女様は、今どこにいるの」


「お義父様と、腕を組んで庭園を散歩してるわ」


「それってヤバいぞ。

お母様に見つかったら、ヒステリーが炸裂するじゃないか。

アイリスがついてて、どうして止めてくれなかったんだよ。

だいたい、君が強引にもってきた話だろ。

よし、僕が聖女にきっぱり言ってやる」


「なんて言うつもり」


「ここから、出て行けって言う」


ゴットンは、握り拳でテーブルをゴツンと叩いた。


大人しいゴットンが、いつになく嶮しい顔をしている。


大好きなお義母様を、傷つけられるのが許せないのね。


「たしか、酒場女だったよな」


「そうよ。孤児院から、酒場を経営する女に、ひきとられたの」


「酒場女ね。娼婦と似たようなモンだろな」


ゴットンが、フンと鼻をならした時、あわただしく扉がひらいた。


「ただいま。センセー」


バタバタと足音をたてて、聖女がとびこんできたのだ。


「ドレスがドロドロじゃない。

いったいどうしたんですか」


「お庭の花を夢中で摘んでいたら、いつのまにか汚れたみたい。

綺麗な花で、髪飾りをつくってみたくなってね。ほら、どう」


聖女の髪は、色取り取りの花で飾られていた。


「それは、お義母様が大事に育てられたお花なのですよ。

むだんで、引き抜くなんて許せません。

すぐにお義母様の所に、謝罪にいきましょう」


瞬時にテーブルから、立ち上がると聖女の手をつかんだ。


「わしは、止めようとしたんじゃが」


いつにない私の剣幕に、お義父様がオロオロしていた。


「言い過ぎじゃないか、アイリス。

知らないで、やったことなんだろ。

お母様には、僕が謝っておくから、聖女様を怒鳴りつけるのはやめてくれ」


ゴットンが、私の前に立ちはだかって、声をあらげる。


「ごめんね。怖かっただろ。

純粋無垢な聖女様。

これからは、僕が色々と教えてさしあげるよ」


あきれる私を無視して、ゴットンは、聖女の頭を優しくなでる。


「ウワーン。そんなに優しくされると、涙がでちゃうよー」


聖女の甘えた声に、ぶち切れそうになったのだ。


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