第5話 やにさがるお義父

「だいたいアイリスが、いけないのよ。

でしゃばって、教育係なんかに手をあげるから。

格好つけるにも、ほどがあるわ。

ひきうけた以上は、あの子を立派な淑女にしなさいよ。

じゃないとコーエン家が、恥をかくからね」


背後から、お義姉様が叫んでいる。


お義姉様、大声をだすなんて、淑女のたしなみから大きくはずれてますよ。


それに仮にも聖女を、『あの子』呼ばわりするのも、どうかと思いますけど。


けど、口にチャックをする。


「お義姉様、助言ありがとうございます」


やわらかい笑顔を、無理矢理はりつけて、後ろを向いて頭を下げた。


こうでないと、小姑とはやっていけない。


「やかましいオバサンだね。センセーも、たいへんじゃん」


横に並んで歩いていた聖女が、私を見上げて口をすぼめた。


そんな子供っぽい姿に、ちょっとした癒やしを感じてしまう。


私は、女としては身長が高い方だ。


逆にゴットンは男として、やや低めだから、二人で並ぶと同じ位に見える。


聖女ぐらいの背丈なら、ゴットンの男らしさが、多少ひきたったかしら。


「聖女様。廊下を歩きながらの私語は、マナー違反ですよ。

ましてや、他人の悪口を、大声でまくしたててはいけません」


「はーい。じゃあ、さっきのオバサンも失格なんだね」


そう言うと、聖女はギュッと私の手を握る。 


聖女の小さな手から、あたたかな体温が伝わってきた。


「そういう行動も慎んでください」


冷たく言い放つと、手をふりほどく。


その時、野太い男の声が聞こえてきた。


「ワハハハハ。相変わらずアイリスは堅物じゃのう」


お義父様だった。


まばらな頭髪、つきでたお腹、ザラザラした肌、どこにもモテる要素はないけれど、愛人の数は軽く両手をこえる。


「あら、お義父様。しばらく別宅の方におられるとお聞きしてましたが、帰られたのですか」


ここでいう別宅とは、十五才年下の愛人サラ嬢の所だ。


「うん、まあな」


さすがのお義父様も、気まずいらしくて、『ゴホゴホ』とわざとらしい咳をして、ごまかそうとします。


「今日、邸に聖女様がいらっしゃるのを思いだしてな。

顔を拝みにきたんじゃ」


若い女に、目がないお義父様らしい。


「そうだったんですか。

気を使っていただき、申し訳ざいません。

この方が、聖女キャル嬢です。

聖女様、こちらが邸の当主、コーエン伯爵です」


二人をひきあわす。


「おっはよ。オジサン。

オジサンって、狸みたいでカッワイイ」


そう言って聖女は、とっさにお義父様に抱きついた。


「いい加減にしてください。

お義父様に失礼ですよ!」  


教育係らしくピシャリと注意する。


「お義父様、驚かれたでしょ。

聖女様は、まだ平民の癖がぬけていなくて」


お義父様に謝っていると、『フエーン』

と聖女が、泣きじゃくりはじめた。


すぐに泣く女ですか。


私の一番苦手なタイプです。


「聖女様。泣いて解決する事じゃないでしょ」


「フエーン。だって、オジサンが、めっちゃ優しそうで、喜しかったんだもん。ここは怖い人ばっかじゃん」


聖女は、ポロポロと涙をこぼす。


「それでもね」


私が、言いかけた時、お義父様がわってはいってくる。


「素直でいいじゃないか。

だいたい貴族の女は、面白みにかける。わしは、何回でも抱きつかれたいぞ」


「お義父様ったら」


「やっぱり、オジサンはいい人だあ」


聖女は泣くのをやめて、とびっきりの笑顔をお義父様にむける。


「アイリスはな。いい嫁じゃが、ちょっと生真面目すぎる。

許してやってくれな」


どうして私が許しをこわないといけないのか、理解できません。


「はーい。オジサンだーい好き!」


聖女は、勢いよくお義父様の胸にとびこんでゆく。


「やっぱり、若い女は可愛いのう」


お義父様、お顔がすっかりエロジイになってますよ。


こんな所をお義母様にみられたら、どうなるかしらね。


教育係をひきうけた事に、はやくも後悔を感じてしまう。


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