第29話 雪明かりの夜
その夜、月は厚い雲に隠れていた。
にもかかわらず、雪は仄かな光を帯びていた。
白は闇を拒むことなく、むしろ闇の中に自らを溶かし込み、淡い輝きを放っていた。
村人たちはそれを「雪明かり」と呼んだ。
広場では焚き火も灯されず、ただ雪明かりだけが人々の顔を照らしていた。
声もなく、歌もなく、ただ静かに雪の光が一人ひとりを包んでいた。
火がない夜は、心細さをもたらすはずだった。
けれど、不思議と胸の奥は落ち着いていた。
雪明かりの下では、影さえも柔らかくなり、恐怖を削ぎ落とすのだった。
少女は私の隣に立ち、雪をすくい取った。
掌の上で雪は淡く光り、やがて水に変わり、指の隙間から零れ落ちた。
その一瞬の儚さが、まるで時間そのものの姿に思えた。
私は声を失った喉で、心の中にひとつの言葉を描いた。
――消えるからこそ、光る。
少女は雪を口元に寄せ、そっと息を吹きかけた。
白い息と雪が溶け合い、すぐに消えた。
その仕草は遊びのようであり、祈りのようでもあった。
私は彼女の横顔を見つめ、雪明かりに照らされたその輪郭を胸に刻んだ。
夜が深まるにつれ、雪は降り止み、空に裂け目が生まれた。
その隙間から、星々が滲むように現れた。
星の光と雪明かりは溶け合い、世界を銀色の帳で覆った。
村人たちは皆、顔を上げ、その光景を黙って見つめていた。
私は思った。
声を持たなくとも、光と影の交わりは語り続けている。
その沈黙の会話の中に、自分もまた含まれている。
雪明かりの夜はやがて星の夜へと変わり、村全体が深い眠りに包まれていった。
私は少女のぬくもりを隣に感じながら、光の余韻に抱かれて静かに目を閉じた。
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