第27話 夢の残響

その夜、私は不思議な夢を見た。

雪に覆われた村も森もなく、ただ広大な白い平原が広がっていた。

空は淡い灰色で、境界のない世界だった。

私はその中を歩いていた。

足音は響かなかった。

自分の存在さえ、白に溶けていくようだった。


やがて遠くに影が立っていた。

それは人の形に似ていたが、顔はなく、ただ揺らめく黒だった。

恐怖ではなかった。

むしろ懐かしさが胸に広がった。

私はその影に向かって歩いた。


しかし近づくほどに影は遠ざかり、決して追いつけなかった。

足を止めると、影もまた立ち止まった。

私が一歩進むと、影もまた一歩退いた。

それはまるで鏡の中の存在のようだった。


その瞬間、胸の奥で微かな声が響いた。

それは私自身の声だった。

久しく失われかけていた、自分の声。

夢の中でだけ、かすかな残響として蘇っていた。


「ここにいる」

確かにそう聞こえた。

けれど声はすぐに遠ざかり、雪のように散って消えた。


目を覚ますと、焚き火の赤い残り火がかすかに揺れていた。

少女は隣で眠っていた。

彼女の寝息は穏やかで、夢の残響をやさしく溶かしていくようだった。


私は喉を震わせてみた。

声はやはり出なかった。

だが、胸の奥に残る夢の響きが確かに告げていた。

――私はまだここにいる。


その確かさに身を委ねながら、私は再び静かに目を閉じた。

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