第20話 今日の放課後は色々と波乱だ
放課後の教室。クラスメイトらの笑い声や足音が響き合い、帰宅の準備をする喧騒が漂う中、
透也は席を立ちあがり、リュックを肩にかけ、軽く伸びをする。
今日は特別な日。クラスメイトであり、恋人の
千鶴と過ごす時間は、透也の心をふわっと軽くしてくれる魔法のようなものだった。
「透也くん! 準備は大丈夫な感じ?」
千鶴の弾けるような声が透也の耳に飛び込んでくる。
千鶴は肩にかけているバッグを揺らし、キラキラした笑顔を浮かべている。
その笑顔は眩しく、透也の胸に温かな光を灯したのだ。
今日の昼間にはクラスメイトとのちょっとしたトラブルがあったことを思い出すが、そんな暗い気分は千鶴の前ではすぐに吹き飛んでしまう。
楽しい時間は、楽しいことを考えるべきだ――そう心に決めて、透也は笑みを返したのだ。
「準備は大丈夫だよ、じゃ、行こうか、千鶴さん」
透也がリュックを背負い直しながら辺りを見渡すと、教室の出口から、
朝の出来事が尾を引いているのか、彼女たちはどこかよそよそしく、クラスメイトたちとの間に微妙な距離感が生じていたのだ。
放課後のHRが終わると同時に教室を後にするその彼女らの背中は、どこか居心地の悪さを物語っている。
まあ、あんなことがあったら、そうなるよな。
透也は心の中でそう呟き、千鶴と共に並んで廊下を歩き出した。
昇降口で靴を履き替え、校門をくぐると、二人は自然と肩を並べて通学路を進む。
街へ向かって歩く度に、透也の心はどんどん軽くなっていったのだ。
アーケード街は、平日とは思えないほどの賑わいを見せていた。
色とりどりの看板が並び、ショーウィンドウにはキラキラしたアクセサリーや洋服が並んでいる。
千鶴は目を輝かせ、ガラス越しにディスプレイを眺めては楽しそうな声を出していた。
「透也くん、これ、私に似合うかな」
と、彼女は楽しそうに声を弾ませた。
その無邪気な様子に、透也の口元にも自然と笑みがこぼれる。
「似合うと思うよ。試着してみるの?」
「んー、でも、今日はそこまでお金を持ってきてないし。ただ試着するだけってのもダメかなって。また今度かな。今は見るだけ」
千鶴は少し苦笑いを浮かべていた。
「そうだ、透也くん。なんか甘いもの食べたくない? ほら、あっちを見て! 新しいカフェが出来たみたいなの。私、あのカフェに行ってみたいなぁ」
千鶴が指差したのは、ガラス張りのモダンなカフェ。
看板には英語でグランドオープンと記されており、色とりどりの装飾が目を引く。
透也は彼女のテンションに引っ張られるように、思わず頷いた。
「いいんじゃないか、なんかオシャレそうだし。入ってみたいな」
「じゃ、決まりね!」
千鶴は小さく拳を握り、スキップするような軽やかな足取りで歩き出した。
透也も後をついて行く。
カフェは少し混んでいて、入口には数組の客が並んでいる。
待つ間、千鶴はスマホでメニューをチェックしては、この商品は絶対美味しいよねと目を輝かせたりして、透也に対し、積極的に話しかけてきたのだ。
千鶴の明るい声と笑顔のお陰で、待ち時間すら退屈しなかった。
十五分ほどで店員に案内され、木の温もりを感じるおしゃれな店内に足を踏み入れる。
店内には軽快なBGMが流れており、テーブル席に腰を下ろすと、透也は学校の疲れがふっと溶けていくのを感じた。
二人は向き合うように座っていて、テーブルに広げたメニューを見ながら、どれがいいか話す。
迷った末にイチオシのアイスワッフルと、喫茶店定番のアイスコーヒーを注文。
注文してから五分ほどで運ばれてきたワッフルは、ふわっとした生地にバニラアイスがとろけそうなほど美しく盛り付けられていたのだ。
「うわぁ、すごく美味しそう! 透也くん、早く食べよ!」
千鶴のキラキラした瞳と無邪気な笑顔に、透也の心も温まる。
学校での嫌な出来事なんて、今は遠い別の世界の話だ。
ワッフルの甘い香り、コーヒーのほろ苦い味わい、そして千鶴との他愛ない会話――この瞬間を大切にしたいと、透也は思っていた。
二人は一時間ほど店内で過ごした。
会計を済ませ、カフェを出た二人は、茜色に染まる夕暮れの街を歩いていたのだ。
道を歩いている間、千鶴は鼻歌を口ずさみ、軽やかなステップで進む。
透也は少し後ろを歩きながら、彼女の楽しそうな背中を眺めていた。
「今日も楽しかったね。またどっか行こうね、透也くん!」
千鶴が振り返り、ニッコリと笑う。
「でも、次は透也くんが行きたいとこ教えてね! 私も気になるし!」
「んー、どこがいいかな……」
透也は少し考え込みながら、彼女の後を追うように歩く。
千鶴との時間はいつも特別だ。
次はもっと面白い場所にしようかと頭を巡らせていると、ふと空気感が変わった。
街の中心部から少し離れた静かな場所に入ると、どこからか騒がしい声が聞こえてきたのである。
二人は何事だろうと思い、顔を見合わせ、声する方へ駆け足で向かう。
「……透也くん……あれ、なに?」
建物の角から二人は、声する方を覗き込んだ。
千鶴が小さな声で囁き、透也の袖をそっと掴む。
路地の奥では、男が地面に倒れた別の男を押さえつけ、拳を振り上げていたのだ。
物騒な光景に、透也の背筋がゾクリと冷えた。
「わからないけど、一体、何があって、こんな状況に……?」
よくよく目を凝らすと、殴っている男の顔に見覚えがあった。
元から学校内でも、かなりのヤバい奴であり、本当に噂通りの奴だと、二人は改めて感じていた。
実際に、流星が暴力行為をしているところを見たのは初めてあり、流星による一方的な攻撃は野蛮そのものだった。
「どうしよう、透也くん……」
千鶴の声はわずかに震え、彼女は透也とその光景を交互に見つめていた。
透也もまた、足がすくんで動けずにいた。
すると、近隣の住民らしき人々が騒ぎに気づき始め、ざわざわと集まりだしたのだ。
しまいには警察までやってきて、事態はどんどんと拡大していく。
「千鶴さん、ちょっと離れよう」
冷静さを取り戻した透也は、静かに彼女に声をかけた。
千鶴の手をそっと引き、彼女は一瞬迷ったような表情を見せたが、小さく頷いて透也の後ろについた。
二人は静かにその場を離れたのである。
茜色の空の下、透也と千鶴の放課後は、思いがけない波乱に揺れていたのだった。
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