晩飯はカニ玉あんかけチャーハンと中華スープ。朝食はトーストと味噌汁

助部紫葉



「今日も来たのか」


「は、はい……」



マンションで一人暮らしをしている俺の部屋のインターホンが鳴った。玄関のドアを開けると顔を真っ赤にした少女が立っていて、少女は俯き、消え入りそうな声で呟く。


同じ高校、同じ学年、同じクラス。ついこの間まで接点はたったのそれだけで、まともに会話らしい会話も交わしたことが無かった少女ーー瀬良せら詩良祈しらぎ。整った容姿に、温厚で柔らかい雰囲気を纏う彼女は男女共に人気が高い。


そんな人気者の少女が、誰からも相手にされない欠陥だらけの俺を尋ねて今日もやって来た。



「勝手に入れ」


「……お、お邪魔します」



おざなりに呟いて俺は部屋の中へと戻ると、その後に続いて瀬良が部屋に上がり込んでくる。


1LKの狭い部屋。俺が流し台に立つとその後ろを通って瀬良は部屋の中へと入っていく。



「メシは?」


「あっ、まだです……」


「食いたいモノは?」


「……特には」


「あとから好き嫌い言うなよ」


「はい」



短い会話を交わして、俺は瀬良の来訪で中断していた晩飯の調理を再開する。


横目に瀬良を確認すると床に腰を降ろして、心ここに在らずといった具合にボンヤリしているのが見えた。



「……瀬良」


「…………」


「瀬良」


「……!は、はいっ……!」


「メシ出来るまでシャワーでも浴びとけ」


「……えっ。あ、うん……」



人の動く気配。そのまま瀬良は浴室に向かうのかと思いきや、俺の側まで来て立ち止まる。


顔だけ振り返って瀬良を見ると、紅潮した顔で俯いていた。



「あ、あの……」


「なに?」


「その……」


「…………」


「……えっと」



あの、その、えっとの3段活用でまったく要領を得ない。何か俺に言いたいことがあるということだけは分かる。



「…………」



黙ってしまった。これで俺に察しろというのか。何とも迷惑なヤツだ。今に始まったことでは無いが。



「……で?」


「…………」


「シャワーは?」


「…………」


「…………」


「……それは、その」


「…………」


「うぅ……」



瀬良は動かず、何かを訴えるような視線を俺に向けてくる。焦れったい。自分のしたいことを素直に言えない臆病なヤツ。


それでも俺ならば自分の考えを察してくれると信じてるからこそ、こういう態度を取るんだろうな、コイツは。


信頼されているーーか?


だから、なんだという話だが。


まぁ、いい。察すればいいんだろ。



…………。



ああ、そういうこと。



「風呂にお湯を張っといてくれ」


「……っ」


「直ぐに入れるように」


「あぅ……。は、はいっ……」



ボっと沸騰したように赤い顔をさらに赤くさせて、瀬良は覚束無い足取りで風呂場に向かった。直ぐに蛇口から水が吐きでる音が聞こえてくる。


自分からおいて、その反応なのかとツッコミたくはなったが、今更のことなので置いておくことにする。



それからしばらくして夕食が出来上がった。


本日の献立、かに玉あんかけチャーハンと中華スープ。なかなかいい出来だ。味見もちゃんとした。味にも問題は無い。



「メシできたぞ」


「わぁ……美味しそう……」



テーブルに2人分の夕食を並べてお披露目してやると瀬良が目を輝かせる。半開きの口から今にもヨダレが零れ落ちそうだ。



「いただきます……!」



瀬良の対面。テーブルを挟んで俺が腰を降ろすや否や、待ちきれないとばかりに瀬良はスプーンを手にかに玉あんかけチャーハンを勢いよく食べ始めた。飢えた子供のようだ。ちょっとフライング気味だが、これくらいで目くじら立てることもない。



「いただきます」



俺も瀬良に続いて食べ始める。スプーンでふわトロのかに玉を崩すとトロリと甘酢あんが染み込む。1口食べればフワッとした口当たりと、トロっと濃厚な味わいが口内に広がる。うむ、美味い。


お互い無言で食事を終えた。



「ご馳走様でした」


「お粗末様」



瀬良は出したモノを綺麗さっぱり米粒ひとつ残さず食べきった。結構、量を多めに作ったのだが、瀬良は女子の割にはよく食べる方だと思う。やはり、作った側としては残さず食べてもらえるのは嬉しいものだ。


空になった食器を持って流し台に。食器洗いを終えて戻ると、瀬良は床からベットの方に移動していて、ちょこんとベットの端に腰をかけていた。



「……柳沼さん」



瀬良は辛うじて聞き取れるだけの小声で呟く。



「その、今日も」


「わかってる」



流れるような動作で瀬良をベットに押し倒し、覆い被さる。瀬良からの抵抗は無く、むしろそうされることを望んでさえいた。お互い、慣れたものだ。



「シャワーいいの?」


「……汗、かくと思うので」



理屈としては分からなくもない。だがする前にシャワーを浴びたいと思うのが普通では無いのだろうか。そこら辺の感覚が瀬良はどうも、どこかズレている。


瀬良が少しおかしいのは今に始まったことでは無い。毎日のようにこうして恋人どころか友達かどうか怪しい関係の俺の部屋へとやってくるのだから。


それに俺も大概、おかしい。人のことを言えた義理ではない。



「だから、あとで」



続く言葉は無いが、何を言いたいかはすぐに分かった。風呂には既に湯が貼っていて直ぐにでも入れる。瀬良は先程1入ろうとはしなかったのだから、そういうことだろう。


後で2人で一緒に風呂に入りたいとそんなところ。それはそれでする前と後で2回入ればいいとも思うが。そういう事でも無いのだろうと思う。


俺としては瀬良が望むのならば、それに合わせるだけだ。


そして、俺は瀬良が望む行為に及んだ。





ーーーーー






早朝、目を覚ますと瀬良が俺に抱きついて寝ていた。幸せそうな表情でスヤスヤと。こうして見ればあどけなさの残る幼い少女だ。それを引き離しベットから逃げるように出る。



「んっ、んー……」



温もりを失い、眉をひそめて身動ぎした瀬良は胎児のように小さく丸くなる。起きる気配は無い。瀬良の寝起きはあまり良くない。そっと布団をかけ直す。


脱ぎ散らかされた瀬良の服を拾い集めて、畳んでベットの脇に置く。下着は洗濯機へ。代わりに昨日瀬良が身につけていた洗濯済みの下着を乾燥機から取り出して畳んだ服の上に置いておく。


洗濯機を回して朝食の準備を始めた。何にしよう。パラッとレシピ本を捲りながら冷蔵庫の中の食材を思い返す。味噌汁を作り始めて米を炊いておくの忘れたことに気がついた。まぁ、味噌汁にトーストでいいか。


しばらくしてガサゴソと人の気配。瀬良が起きてきたか。振り返ると壁から半身だけ出した瀬良が居た。乱れてボサボサの髪に、タオルケットを身体に巻き付けている。



「おはよう」


「……おはよう、ございます。シャワー借りていいですか?」


「好きに使え」



程なくして水が流れる音が聞こえ始める。その音を耳に鍋の火を止めた。蓋を開けると溢れ出る水蒸気が視界を埋める。おたまで味噌をすくってお湯にとかして、もう一度蓋を閉めた。味噌汁はこれでよし。



「あ、あの……」



声がして顔だけ向けるとバスタオル1枚の瀬良が居た。乾ききっていないしっとりとした髪。蒸気し赤らんだ肌。風呂上がりの女子というのはどうあっても色っぽい。



「なに?」


「……その。着替え」


「ベットの横に置いてあったろ」


「えっ……。あっ、す、すいません……」



あんなに分かりやすく置いてあったのに気が付かなかったか。まだ寝ぼけているのか。いや、いつもは脱衣所に置いてあるから今日もそうだと思ったのか。瀬良はいそいそとベットの方へと向かう。


ガチャっと焼きあがった食パンがトースターから飛び出した。


出来上がった朝食をテーブルに並べる傍らで、どこか居心地悪そうに瀬良が服を着る。見えるところに人が居ては着替えずらいだろうが、脱衣所に移動する手間を惜しんだ瀬良が悪い。朝食を並べ終える時には瀬良の着替えも終わり、テーブルを挟んで向かい合って座る。



「「いただきます」」



示し合わせたかのように声が重なった。もしゃもしゃと瀬良はトーストを口にして、味噌汁を音も立てずに啜る。



「トーストに、お味噌汁……合いませんね」


「そうだな」


「でも」


「でも?」


「そんなに嫌いじゃないです」


「そう」


「私と柳沼さんみたいで」


「…………」



言うて意味はよく分からん。何言ってるんだコイツは。



「お味噌汁、暖かいです」


「出来たてだしな」


「優しい味がします」


「味噌汁だからな」


「ありがとうございます」



瀬良はぎこち無くだが、柔らかな表情で微笑んだ。不器用な笑みだが、いつもの顔に笑顔を貼り付けただけの表情よりは良い、と思った。



「さっさと食って先に学校行け」


「えっと、一緒には……」


「何を今更。行くわけ無いだろ」



俺と瀬良の関係性はどうにもこうにも面倒臭いものだ。二人一緒に居るところを他人に見られるのはあまり宜しくない。



「そう……ですよね……」



瀬良は作った笑みを顔に貼り付けて笑った。


それはいつも瀬良が学校の教室で見せる笑顔だった。





ーーーーー





学校から帰宅の途中。突然、降り出した雨。天気予報は晴れだったのにと愚痴を零しながら、傘を持ち合わせていなかった俺は小走りで帰路を急いでいた。


公園を突き抜けてショートカットしようとした俺はそこで瀬良と出会った。


少女は1人、傘もささずに雨に打たれて、ぼーっとベンチに座っていた。



「なにやってんの」


「…………。えっと、アナタは……」


「柳沼だ。同じクラスだろ」


「そ、そうですね……。私はーー」


「瀬良だろ。知ってるよ」


「は、ははは……」



こいつ俺の名前を覚えてなかったな。


それを恥じたのか、瀬良は気まずそうに笑った。クラスでも目立つ存在の瀬良に対して俺はモブCぐらいの存在感だ。瀬良が俺の事を覚えてなくともしょうがない。



「んで?傘もささずになにやってんの。風邪ひくぞ」


「それは……」



言い淀む瀬良。雨の中、傘もささずに公園のベンチで1人。なにか問題事か、悩み事か、人に言えない何かしらを抱えているのだろうとは思う。それか浸ってたか。とはいえ何かしらの事情があるにせよ、こんなところで雨に打たれている必要があるのかとは思う。はよ家に帰れ。


いや、家に帰れないーー帰りたくない可能性もあるか。悩みの種が家庭内の問題なのだとしたら……。



「こっから家までどんぐらい?」


「……えっ?あっ……。そんなに遠くは無いです」


「そうか」



なのに帰らないと言うならば、やっぱり家庭内に問題がある、か?



「…………」



沈黙。降りしきる雨の音が無駄に大きく聞こえる気がする。水気を増した制服が重くなっていく。帰りたい。帰りたいが、このままコレを残して帰ると要らぬ罪悪感に足を引っ張られそうだ。


はぁ……厄介だな。



「俺ん家ここから近いけど、雨宿りするか?」


「……い、いや、そんなご迷惑は」


「そうか。それじゃあな」



言質はとった。瀬良が断った。ならば俺がどうこうする道理は無い。さっさと帰ろう。


その場を去るべく踵を返す。



「ま、待って……!」



顔だけ振り向くと、ベンチから立ち上がった瀬良が今にも泣き出しそうな表情でコチラを見ていた。



「…………」



続く言葉は無い。瀬良は俯いてしまった。呼び止めてみたはいいものの、それからどうしたらいいか分からなくなってしまったのか、なんなのか。


これはまったく厄介なものを絡んでしまったものだと少し後悔した。



「ついて来い」


「……は、はい」



そうして俺は瀬良を自宅に連れ帰った。





ーーーーー





流されるままに生きてきた。


他人の顔色を伺って。


望まれるままに振舞ってきた。



「それじゃ俺と付き合うってどう?」



愛想笑いで返事をしたら次の日から私は彼と付き合うことになっていた。


好きでも嫌いでもない。


なんだったら少し苦手なのに。


一緒に居て楽しかと言われたら何も楽しくなんかなかった。


疲れた。


笑顔を表情に貼り付けて。


嫌われないことを意識してやり過ごす。


そんな日々の中で。


突然、途切れてしまった。


公園のベンチに糸が切れた操り人形のように座り込んで、降り出した雨に身を晒す。


私、何してるんだろう。



「なにやってんの?」



それは私が私に聞きたいことだった。


























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