小説家と少年 その後

 ある日の昼、公園のベンチに小説家は座っていた。公園には街の子供達や、老人らが暇を潰している。小説家は新聞の記事を読んでいた。一面には、件の事件の真相が大見出しで書かれてある。『不審者騒ぎ 大学生のイタズラか』それを見た小説家は肩を落とした。警察より先に自ら事件を解明したかったからだ。


「クソ……まさかこんなくだらない事件だったとは……」


「おじさんなにやってるの?」


 すると小説家のそばに、あの少年がやってきて話しかけた。小説家と出会って間もない内に、少年はどんどん背が伸びていった。小説家は密かに少年の成長を喜んで、出来れば小説の世界にも興味を持ってほしいと思っていた。


「ああ君か、今は新聞を読んでいるんだよ」


「漫画に描くの?」


「だから、小説だよ」


 小説家は毎日この公園に新聞を読みに来る習慣があるのだが、それを見つけた少年も、小説家と話すため、この公園に来る様になっていた。子供らの遊ぶ声が、公園の外にまで響いている。野球をしている中学生の集団の方から、景気の良い音と共に、ボールが空に弧を描いて、木にとまっていた鳥がたまらず飛び出した。


「君も毎日来るのは勘弁してくれ……。僕が不審者だと思われるだろう」


 少年は小説家の話を聞いていない。小説家は少年の手の甲に、なにかのシールが貼ってある事に気付いた。それは喫茶ボナセーラの新しいグッズである白猫がプリントされたシールだった。一枚三百円。別売りで紙のコースターも有り。


「『buonasera』……これはあの喫茶のか」


 それを見た小説家は独り言で、


「思えば不思議な店主だった……。無口で、何処か遠くの方を見ている様な……呆けてはいないと思うが、あの雰囲気は一体……」


「ぼなせーらの、あのおじちゃんに貰った!」


「君、あのおじちゃんが喋ってる所を見たことあるかい?」


「ない」


「そうだよなぁ……」


 小説家は溜息をついて新聞を畳んだ。喫茶ボナセーラの店主に対しても関心があったからだ。小説家はボナセーラの店主の無口は何か裏があるのだろうと踏んでいた。


「そういえば君、小説は読んでみたかい」


 小説家は少年に聞いた。この前ショートショートの短編集を紹介したからだ。


「読んでない」


「そうか……」


「だっておじさんが書いてるみたいな小説、クラスの誰も読んでないもん」


「へ、は。そ、そうか……まぁ……そうだよな……はは……」


 小説家は今度こそ俯いてしまった。少年はそれを見てケラケラ笑った。

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