怪異専門 便利屋譚
グーテーモク
導入長編「街」
【街】 1 序
家屋は大きくも商いはなく、貧しい、貧しい家であった。
その貧しさ故か、生まれたばかりの赤子を失った。
だがしばらくしてみると、主のいなくなった子ども部屋から笑い声がする。
玩具で遊ぶ物音がする。
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「絶対に夢じゃなかった。」
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連日の取材や撮影で寝不足で、執務室で仮眠をとっていたんだ。
もちろんフロアを上がれば自分の住居があることは分かっていたけど、すごく疲れていて帰宅してシャワーを浴びることも面倒だった。
執務室の椅子のリクライニングの寝心地は最高だしスーツのままでもいいかと思って、アイマスクをして横になったんだよ。
目が覚めたのが何時かは分からなかったけど、オフィスは電気がついていて明るかった。
………いや、夜だったけど………窓の外の夜景を見た記憶はないな。
どうも空調の湿度調整が上手くいっていなかったのか喉がカラカラだったから、ウォーターマシンの方へ行って水を飲もうとした。
……そう、出入口のドアの傍にあるやつだ。
そうしたら執務室の外で変な音がして………どう……表現しにくいな。確か……ひた、ひたっというか…濡れている場所を素足で歩くような……
もちろんおかしいと思ったさ。だって秘書ですら、僕が呼び出さなければあのフロアに立ち入ることは出来ないんだから。
数日も連絡がとれないような緊急時でさえ、警備責任者が稟議書を作るんだ。
………えっ、中で倒れたらどうするって……一応、体にヘルスチェックのシステムは入れてあるよ。何かあれば病院に現在位置の連絡が行く。
掃除のロボットシステムが早朝に動くのは知っていたけど、でもそういう音じゃない、「おかしい」とすぐに思うような音だった。
でもその時は何の警戒心もなく、ただの空調の不具合か何かだと思った。湿度の管理システムは調子が悪かったようだしね。
異音のする場所を確かめようと思って、廊下に出たよ。
………ああ、次からは気をつける。すまない。
そこで、僕から少し離れた廊下の真ん中に、真っ黒な塊のようなものが落ちているのを見つけたんだ。
………そうだな、握り拳くらいだと思った。
ホコリか何か、掃除のロボットシステムが不具合を起こして集めたゴミを落として行ったのかなと考えて、近付いたんだよ。
そう、そこで、その真っ黒いものが振り返ったんだ。
目が合った。黄色く光る目で僕を振り返った。
………もちろん驚いたさ。上げようとした悲鳴がどうやっても口から全然上がらないくらいにね。
逃げたかったけど背を向けたら飛びかかって来るんじゃないかと考えてしまって、僕はすぐに動けずにそれを凝視していた。
そうしたら、またひた、ひたっと音がしたんだ。その目の前の真っ黒のものが全く動いてないのに。
違うものがいると思った時……笑い声がした。……子どもみたいな……いや………よく分からない。
だってそうだろう? この建物に子どもはまず入れない。僕らや役員も「住居」とはしているが独身寮みたいなものだからね。家族があるのにここに住んでる人間はいない。
子どもの笑い声は一瞬で消えて、でも、ひた、ひたっという音がどんどん近付いて来るんだ。壁か、天井か………そのあたりから聞こえて来たような感じだった。
動けずにいると、急に声がした。………何て言ったのかは分からない。低い、しわがれた老人のような声でぼそぼそしてて聞き取りにくくて……正直、僕に分かる言語だったかどうかさえ………
でもたぶん、それは音を立てながら動いてるヤツだったんだと思う。
さすがに執務室に戻って秘書を呼ぼうとして、廊下に落ちているものに背を向けたんだ。
………いや、消えてなかったよ。ずっと僕を見ていた。
背を向けた途端に後ろから子どもの悲鳴がしたと同時に足を引っ張られて………
…………そうだ、きみのさっきの指摘通りだよ。
オートメーションとはいえ、キーか僕の生体認証がなければ執務室の扉は開かない。
倒れ込んで扉に額をぶつけて、そのまま朝に掃除のロボットシステムから警備員室に連絡がいった。
ヘルスチェックは、意識を失っただけだったから病院もスルーしたらしい。酷いヒューマンエラーだ。
……お祓いや大手のそういった事務所の調査も頼んでみたが、収まる気配がないんだ。
きみは連絡が取りづらくて捕まらないこと以外は、申し分ない腕だと聞いている。
どうか調査をお願いしたい。
【新規依頼/〇壱/イリセ ロロ(名は仮称とする)】
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