10話 急接近
「家族を亡くしてる……?」
前世の俺が家族を亡くしていた。まあ当然覚えてはいない。
「昔は治安も悪く、戦乱の時代でしたから、それに巻き込まれてしまって」
「そうだったのか」
頷きつつも、普通に他人事だった。そうか、俺の親は死んでいたのか。まあ今の俺の親は普通に生きてるから、どんな反応をすればいいのやら。
だが、ミナがあそこまで泣いていた理由はなんとなく分かった。
「魔王様には今のご両親がいらっしゃったのに、もう戻れないだなんて……」
全部私のせいだ、そう言ってまた涙ぐむミナ。
そんな彼女の頭をぽんぽんと叩いて、顔を上げるように言う。
「もういいよ。それに、もしかしたら何かしらの手段があるかもだし」
「……そう、ですね。私、魔王様があちらに帰れる魔法を、絶対に探してみせますから」
「ああ、そうしてくれると助かるよ」
言いつつ、己に対して内心でぼやく。
自分でしといてなんだけど、女の子に対して頭ぽんぽんとかくっっそ恥ずかしいな。こういうのはドラマとかでやるやつであって現実ではタブーって決まっているのに。
「……まおうさま」
だが、されている本人は思ったより拒否反応は出ていないようで。
ミナは、自身の頭上に置かれた俺の手に、自分の手を上から覆うように被せる。大きく開かれた瞳は、涙が夕日を反射してキラリと輝いていた。
「こうして撫でられるの、久しぶりです」
「昔の俺はこんなことしてたのか?」
「はい。いつもこうして、撫でてくれていました。なにか手柄を立てた時とか……失敗をしたときにも、こうして慰めてくれました」
はあ。案外、根っこは前世と今とでそこまで変わっていないのかもな。これを自分がしてるって考えると気恥ずかしいが。
全部前世の俺のせいってことにしとこう。てめえがそんな正確だったから俺までこうなったんだ。全部お前が悪い。
言い訳をしながら、俺は手をどかす。小さく「あっ」と呟いて、ミナはそれを目で追った。
「とにかく、一旦この話は終わりにしよう。そんなことより考えなきゃいけないことがある」
戻れないって決まったのなら、それはもう仕方ない。
俺は、ここで暮らしていかないといけないのだ。
親にも友達にもしばらく会えなくなる。きっと心配をかけるだろう。もし戻れたら、その時は……こんな突飛な話を話せるかは置いておくとして、とにかく謝らないとなあ。
ともあれ。そうとなれば、いくつも考えなければいけないことが出てくる。
「まずは飯だな」
飯、食わずにはいられない。食事をしなければ人は死ぬのだ。
一日中動きっぱなしだったからシンプルに腹減ったし。早くなんか食べたい。
「その……レモナ様にお願いするのはどうでしょう」
「レモナさんに?」
「ご飯と寝床を、一日であればお借りできるでしょうから」
ふむ。確かに、それはよさそうだ。
同盟を結んだ仲だし、それに少なくとも一食食べさせてもらう分には、あれだけの額を払ったのだから特に問題はないだろう。
さっき見送ってくれた人の所に戻るのはなんかあれだけど……この際仕方がない。
「じゃあ、一旦戻るか」
「はい、すみません……」
レモナさん宅へと舞い戻った俺達が事情を話すと、二人は快く頼みを了承してくれた。
「そういうことでしたら、全然構いませんよ」
「すみません、ありがとうございます」
微笑むレモナさんに、俺達は揃って頭を下げ。
飯を出してもらい、風呂も貸してもらい。飯は魚料理で、素朴ながらも美味かった。風呂も水で軽く体を流す程度だったがさっぱりしてありがたい。ありがたいことに服まで貸してもらって、今はシンプルな半袖半ズボンの格好だ。
で。
「魔王様、狭くありませんか?」
「あ、ああ……俺は大丈夫だけど」
少し硬いベッドの中。一枚のかけ布団の下に、俺とミナは並んで寝転んでいた。
いや、待ってほしい。俺を犯罪者と断じるには早い。俺が出会って初日の、しかも年下の女の子と同じベッドに入っているのには、きちんとした理由があるのだ。
「…………」
レモナさんに余っていた部屋を貸してもらったのだが、そこにはベッドが一つしか無くて。そこまではいい。部屋を貸してもらっただけありがたいのだから贅沢は言うまい。
それで、状況を鑑みて俺は床で寝るよとミナに言ったら、それは絶対にダメだと断られてしまい。
いやいいから、ダメですちゃんと休んでください、いや俺なら大丈夫だから、私が床で寝るので気にせずどうぞ、いや女の子を床に寝かせるのは、いえ魔王という存在を差し置いて私だけ寝るのは…………とまあ少々長い押し問答があった末。
最終的に、
「じゃあ折衷案です。一緒に寝ましょう」
「いやそれが一番ダメだろ」
「ダメなことはないです! 昔は一緒に寝てたこともありましたし!」
「余計ダメだろ!?」
と、前世の俺がミナと寝床を共にしていたことが発覚し微妙な感情になりながらも、結局押し切られてしまって。
それで、今に至るというわけである。
「狭いだろ、苦しくないか?」
「はい、全然。むしろ昔を思い出していい気分です」
「そ、そうか」
俺の胸の中で、上目遣いにそう言うミナ。思わず心臓がどくんと跳ねる。
恥ずかしながら、俺という人間には女性経験がない。生まれてこの方彼女いない歴イコール年齢という肩書をほしいままにしてきた、そんな俺にとってこのシチュエーションはあまりに刺激的すぎた。
ミナの服装は、着替えがなかったため出会ったときと変わらずワンピース。薄い布越しに、柔らかな肌の感触が伝わってくる。ベッドのサイズ的に俺の胸の中にミナがいるような配置になってしまっているのも、本当に……まずい。
「魔王様は大丈夫ですか?」
「ああ、俺はなんとも」
いいつつ、目線を逸らす。
ダメだろこれは。だってどう見たって、ミナは俺よりもだいぶ年下だ。少なくとも歳は数個は離れているだろう。俺が17だから、目算で……14、15とか? そんな子と、例え一緒のベッドに入ったとはいえこんな感情を抱くなんて。
いや……でもドキドキするもんはドキドキするからもはやどうしょうもない。
というかミナが悪い。ミナの顔が良いせいでこんなことになってるんだ。おまけに声も何もかもが彼女は美少女然としているのだからもう救いようがない。もっとなんかこう……なんとかならなかったのか?
具体性のかけらもない妄想で己の罪悪感と戦っていると。
「魔王様」
「ん、ん? ……おわっ」
ミナは俺を呼んだ次の瞬間、腕をするりと回して俺に抱きついてきた。
ただでさえ密着していた体が、余計にぴたりとくっつく。意識をせずとも、柔らかな感覚が胸板に、そして全身に伝わってくる。温かな彼女の体温すら感じられる近さに、心臓がドクドクと激しく脈打った。
「ど、どうしたんですか?」
「なんで敬語になってるんですか。もう……」
ぷくりと頬を膨らませながらも、彼女は腕を離す素振りを見せない。
「あの、そういうのはなんというか、よくないと思うんですよね俺は」
「前はこうしても、何も言われませんでしたよ」
「それはそれでどうなんだよ」
思わずツッコんでしまう。
前世の俺の倫理観どうなってたんだ。異世界人だったから現代日本に住む俺とは感覚がズレていたのだろうか。
「気になってたんだけどさ。ミナって何歳なんだ?」
「15歳です。封印されてましたから、それを合わせたら100歳超えちゃいますけど……ほとんど意識無かったので、そこはセーフかと」
「15……前世の俺は何歳だったんだ?」
「確か、20歳でしたね。そういえば、魔王様の今のご年齢は?」
「今は17だよ。にしても20と15か……」
現代日本なら全然犯罪だ。そこまではいかなくともだいぶ顰蹙を買う。
「それくらいの年齢差って、この世界だと普通だったのか?」
「はい、特段珍しくもないですね」
「へえ……」
やっぱ根本から違うんだな。さすが異世界、かなりアグレッシブな世界観を築いている。いや、歴史で習った昔の日本もこんなもんだったっけか。意外とどの世界も同じなのか?
「なあ、ミナ」
ついでだし、気になっていたことを聞いてみよう。
「魔王軍って、亜人が多かったんだろ。っていうことは、ミナも亜人なのか?」
俺の問いに、彼女は腕の中で首を横に振った。
「いいえ、私は人間――人族です」
「だよな。見た目普通だし」
ミナには耳が生えていないし、尻尾もない。見る感じじゃただの人だ。銀髪ってのが珍しいけど。
「普通とか言うの、やめておいたほうがいいですよ」
と、俺の発言にミナが口をとがらせる。
「亜人の人たちは普通じゃない、ということになりますから。差別的な発言です」
「ああ、そっか。ごめん」
ミスった。一応俺は亜人を束ねる魔王であったわけで、そんな人間にふさわしい単語ではなかったな。
そういう意図はなかったんだが、やはり言葉というのは難しい。
「そういや、俺はどうだったんだ? 亜人だったのか?」
「前世の魔王様ということですか?」
「ああ」
亜人達の上に立つ魔王という存在。普通に考えれば、亜人であることが正しいように思えるが。
「そうですね。魔王様は、亜人でした」
「やっぱりそうなのか」
俺が亜人ねえ。自分で聞いといてなんだけど、にわかには信じがたい事実である。
「どんな亜人だったんだ?」
「魔族とよばれる亜人でした。魔族は、黒い翼と角が生えていることが特徴ですね」
「魔族か。……あ、もしかして、だから魔王とか呼ばれてたのか?」
「そうですね。魔族が王として君臨していたから、魔王と呼ばれていました」
なるほど。魔族の偉いやつだから魔王か。わかりやすいな。
「俺も亜人だったんだな……」
「実感、ありませんか?」
「まったく」
角も翼も、そんなものがあった気はまるでしない。記憶がないんだから当たり前なんだけど。
ふと、ミナの目つきが真面目なものに変わった。
「魔王様。今日はごめんなさい」
「もういいよ。ミナにも事情があったわけだし、過ぎたもんはしょうがない」
俺がもしミナと同じ立場だったら、きっと同じことをしただろうしな。
直後、ミナが俺に一段と強く抱きついてきた。
「ちょ……」
「魔王様、ありがとうございます。大好きです」
「いや、あの」
もうどうしようもない。俺は彼女から目線を逸らす。
そんなこんなしていると、気が付けばお互い眠りについてしまっていた。
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