赤い傘の下、私たちは。

玄道

諦めた者たち

 九月二十日 K市中央公園


 目の前で、その子は沈黙した。肋を浮かせ、見るからに弱っていた。


 ──時間の問題……だったな。

 

 動かなくなった仔犬が、私の視線を浴び続けている。かと言って私にできることはない。

 

 私、源彩音みなもと あやねは、夕闇の中、"その人"を待っている。


 足の長い紳士や、魔法を使う老婆、未来のロボット、間抜けな妖精……そして誘拐犯。

 

 ──差し当たり、清掃業者が必要だな。


 虫の歌が聞こえるほど、K市に自然は無い。聞こえるのは人々の雑音と、文明の音。


 十二歳にして、私は人生に"諦め"を持ち込んだ。


 体には、痣や傷はない。両親は何もしない。あの二人は、基本"私のため"に"何もしない"。


 お金を渡し、風呂に入らせ、寝床を提供する。そして、二人で食事に出掛け、数日帰らない。


 ──世界で、私は彼らの"何番目"なのだろう?


 今夜も、"私のため"に"何かをしてくれる"人を待ち続けた。積極的に出会いを探しに行くことなど、最初から無理だった。所持金は小銭のみ、身長も足りない。何よりこの国を縛る文章が"それ"を許さない。


 ──大人になったら、誰か私といてくれるのだろうか?


 無人の家へ帰る。


 帰り際、赤い傘を持った妙齢の女性とすれ違った。彼女の左手に、指輪を見つける。


 その辛そうな、疲れた顔には覚えがあるが、向こうは気付かない。


 ──志乃しの先生……私です。一年三組だった、源彩音です。


 ──先生は、もうお忘れなんですね? 私の『両親の作文』を読んで、貴方が泣いたことを。


 ──先生……誰かが傍にいても、そんな顔をするんですね。



 ◆◆◆◆


 二十二時 源家 リビング


 温いシャワーを浴びる。


 スロットにカードを挿し、テレビを点ける。


 ──残り二十分。

 

 ニュースでは、今日も人々が苦しみや、時に幸せを享受していると伝える。


 画面上の笑顔は、"私"に向けたものではない。否、誰にも向けていないのだろう。


 型落ちのスマホを弄りながら、綺麗な発音の汚い話を聞き流す。


 その女は、人が殺された話を神妙な面持ちで伝え、海の向こうに渡ったスポーツ選手の活躍を、宝石の笑顔で伝える。


 彼女のSNSには、そんな風に汚い言葉や綺麗な言葉が寄せられている。


 ──アイドルって……"偶像"って意味だ。


 きっと、私の求める"誰か"も、私の中にしかないアイドル偶像なのだろう。


 そう考えていると、二十分が経過していた。一気に室内が静かになる。


 ──寝よう。


 私の創造者達が帰宅したのは、三日後の事だ。顔を合わせるのは五日ぶりになる。

 

 その間に、あの屍は誰かが"何とか"していた。一方、私を"何とか"する大人は、現れなかった。それを阻止するように、防犯授業で"いかのおすし"を唱えさせられた。


 ──小学生じゃあるまいし。


 ──誘拐犯でも、何でも良いんだが。ここから抜け出すのに使えれば。


 ──あの"赤い傘の人"、とか。

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