第8話 完全なる変身能力

 リンも所属する冒険者組合から最も近い、〝聖王都〟の西側の入り口。冒険者として門番に話を通し、〝強化術師バフ・マジシャン〟リンと、神官戦士クエルは、既に外側の平原に立っていた。


 先ほど正体を知らされたリンだが、さすがにすぐには信じられないようで、横に立つ美貌のシスターをチラチラと覗き見る。


(く、クエルさん、じゃなく……クロウさん? 本当に? 銀髪は同じ、だけど……雰囲気が、全然……これって変装? 女装、じゃ説明つかないくらいの、見たことないほど美人さん……じ、実は女性だった!? いやでも、酒場で見た時より、背もちょっと低い気が……変装で身長を、しかも低く変えることなんて出来るの……?)


「リン、この姿が不思議か?」


「……――ひゃえっ!? あ、そのっ、えとっ!? クエルさ……あ、いえクロウ、さん? その、もうわたし、何が何だかでっ……」


 唐突に声をかけられ、考え事に没頭していたリンが慌てふためく。

 一方、クエルの姿をしたクロウは、組合での敬語とは違う言葉遣いで語った。



「この姿の時、つまり今回の依頼中は、クエルで通してくれていい。こうして完全に二人きりの時以外は、オレもそうするつもりだ。……驚かせただろうけど、これがオレの能力。言っておくけど変装でも、女装でもないぞ。これは変身の結果……身体情報も、能力も、その人から借り受けて行使可能となる。

 〝完全投影変化ジ・トランスフォーム〟――そういう異能だ」



「と、トランス……そ、そんな規格外の、魔法? いえ、異能……? き、聞いたこともないです、あなたは一体、何者……?」


「色々と条件はあるし、そこまで自由自在ではないけどな。さすがに服飾まで変化できないから、メルやカミラに見立ててもらっているし。……まあ、普段はだらしない酒場のマスターが、急にこんな姿になるなんて、気持ち悪いと思うだろうけど……」


「……えっ? いえ、そんなことないですっ、酒場で会ったクロウさんだって、色々励ましてくれて、カッコイイって思っ……ってわたし、何言ってるんでしょう!? すすすいません、まだちょっと混乱して、そのっ」


「ああ、そう。まあ悪印象がないなら、それはよかった」


「あっ、はい……え、ええと、そう、ですね……」


 特別、感情を示すこともなく平坦に返すクロウに、リンはむしろ会話に困り――真顔で西の彼方を眺める美女の横顔に、辛うじて言葉を続ける。


「そ、それに、クエルさんの姿だって、身振りも自然で、言われるまでクロウさんと全然分からなくて……すごい美人で、優しそうで……って、うう、本当にわたし、何を言ってるのか……忘れてくださ――」


「……美人? ……優しそう……?」


「えっ。く、クロウさん……じゃなく、クエル、さん?」


 何か気に障ってしまったのだろうか、とリンが恐る恐る名を呼ぶと。

 クエルの顔ままで、クロウは、ぽつりと一言。


「そうか、それは……少し、嬉しいな」

「…………えっ?」


 常に口元は穏やかに緩んでいたクエル、だが――ふっ、と今しがた見せたのは、本当の微笑のようだった。

 クロウとクエル、雰囲気や体格どころか性別すら違い、事情を知らぬ人間が見れば二者が同一人物などと、想像すらできないだろう。


 だが二者を知るリンにしてみれば、確かにクエルはクロウと顔立ちも似ているなど、共通点を見つけることも出来た。


 何より、クロウの特徴的な昏い目は、クエルの穏やかな眦に飾られていても、そのままで――リンは重ねて質問を投げかけようとする。


「あ、あの……今の、クエルさんが変身した姿なら……その姿に何か、思い入れっていうか――」


「リン先輩。……どうやらそろそろ、出発のようですね?」


「えっ? ……あっ」


 クエルは振り向かずとも気配を察したのだろうが、リンは少し遅れて振り返ると――そこにはリーダーである〝全能の魔法剣士〟キッカーノと、盗賊シーフ風の軽装な女性が現れた。


「オウ、ちゃんと揃ってんな? 遅れなかったことだけは褒めてやるぜ。まあA級パーティーの冒険者なら当然だけどよ、ぎゃはは」


 最も遅くに合流した者の言葉ではないが、さてクエルにしてみれば初対面だろう軽装の女性が面倒そうに口を開く。


「は~、休んでんのにまたいきなり、呼び出しとかさぁ~……あ、アンタが新人のクエルさん? あーしマニーの妹で、シーフのダリー。よろしくね~。はぁ~、だりぃ~……」


 いまいちやる気はなさそうだが、彼女もパーティーメンバーで間違いないらしい。基本的にパーティーは四人前後が基本、多くて六人程度が統制の取りやすい範囲なので、四人なら適当な構成だろう。


 こうして集まった面々の内、リーダーであるキッカーノがヘラヘラと危機感の欠如した顔で、口火を切りつつ歩きだした。


「おし、じゃあ今日のクエストだ……西へ続く街道沿いの森に、悪魔デーモンが目撃されたっつー話でよ。旅人だけでなく、どうも大規模な隊商なんかも襲われて、それで依頼が来たらしくてな……討伐成功したらまあまあ程度の報酬だが、見過ごせねぇだろぉ? じゃあ行くぞ!」


「……!? あ、悪魔って……仮に低級悪魔だとしてもA級案件じゃないですか!? そ、そんなの新人のクエルさんにまで――」


 組合内と同様、良識的に異議を唱えようとするリン――を止めたのは、真横に立つ神官戦士クエルだった。


「大丈夫ですよ、リン先輩。それに聖職者として、悪魔を野放しにはできません。何も心配はありませんので……さあ、行きましょう?」


「えっ、クロッ……クエルさん、聖職者といっても、だって、そんなっ……あっ、ま、待ってください~っ!?」


 身勝手に歩を進めるキッカーノとの間を遮るように、クエルが微笑みながら歩く。その後ろをリンが慌てて、シーフのダリーが面倒くさそうに付いていくのだった。

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