第6話 最悪のリーダーと、美貌の神官戦士クエル

 リン=エレクトラが〝灰色の止まり木〟を訪ねた後、冒険者が利用する格安の宿に帰った彼女は、その晩は久方ぶりの安眠に就けた。クロウ達から言葉を受けた、その安堵感のおかげだろうか。


 けれど今、そんな爽やかな目覚めを感じさせないほど――正午を過ぎた時分、リンは自身の所属する冒険者組合の前で、暗く沈んだ表情をしている。


「………っ」


 組合から宿屋への言伝で、リンは呼び出しを受けていた。呼び出した人物はリンの所属するパーティーのリーダーだと、言伝の内容から伝わっている。


 酒場〝灰色の止まり木〟の扉を、緊張しながらも微かな希望を孕みつつ開いた時とは、全く逆。

 よほど出入りした回数は多い冒険者組合の建物の扉が――リンにとっては、地獄の門のように重苦しく見えた。


 とはいえ、いつまでもそうしてはいられないと、リンは扉を押し開く――


「すう、はあっ……あ、あのっ、こんにちは――」


『――ふざけるなっ! こんなパーティーになど、誰が入ってやるものか! ええい、このワシを馬鹿にしおって!!』


「きゃっ!? えっ、えっ?」


 と同時に、しわがれた老人の年不相応な怒鳴り声が響き、リンは身を竦ませる。

 扉を開いたまま硬直する彼女の方へ、どすどすと大股で歩む老人がすれ違い、そのまま組合を出て行ってしまった。


 ぽかん、と呆気に取られるリンが、騒ぎの元となっていた方向へ視線を向けると。


『……チッ! 偏屈なジジイだぜ、このおれ様のA級パーティーに入れてやろうってのに……つまんねぇ邪推して断りやがって!』


 乱暴に破った一枚の用紙をくしゃくしゃに丸め、くず入れへと投げ捨てた男が、リンの存在に気付いて荒い声を投げつける。


「オイ! おせぇぞグズのノロマ! リーダー様が呼んでやったんだから、待たせず飛んでくんのが新人冒険者の常識だろうが!」


「っ。ぁ、ぅ……す、すいません……キッカーノ、さん……」


 リンが見るからに怯え、キッカーノと呼ぶ男こそが〝全能の魔法剣士〟と呼ばれるA級パーティーのリーダー。

 そして――リンを苛む〝不遇の元凶〟だ。


 この男から不興を買わないようにと、フードを深くかぶって表情を隠すのがクセになってしまったリンが、恐る恐る尋ねる。


「あ、あの……さっきのおじいさんは、どなたで……パーティーがどう、と言ってましたけど、その……」


「ああ? ンなことも聞かねーと分かんねーのかよ、いつまで経っても察しが悪いなオマエは! しかもまさか、リーダー様に一々説明しろってのかよ、なぁ?」


「ぇ……そ、そんなこと、言われても……わたし、来たばかりで……」


 傍から聞いても道理に合わないキッカーノの言い分だが、その苛立った声を恐れ、内気なリンは縮こまってしまった。組合内にいる他の冒険者も、関わり合いになりたくないのか目を逸らしている。これがリンにとって、ここでの常だ。


 とはいえパーティーメンバーであれば話は別のようで、近い他のテーブル席に座っていた商人然とした女性が、さすがに見かねたのか助け舟を出した。


「まあまあリーダー、リンちゃん来たばっかで事情も知らないんだし、可哀想じゃん。えーとね、前からパーティーメンバー募集してるじゃん? そんで今日、申し込みがあったからリーダーが面接したんだけど……あんな感じでさー」


「あ……そ、そうだったんですね、マニーさん。残念……でしたね」


 マニーと呼ばれた女性は、リンと同じパーティーで財産管理や会計を担当している。リンに対しても普通に接してくれてはいるが、とはいえリーダーのキッカーノに傾倒しているらしく、悩みを相談できる相手ではない。


 実際、今も不機嫌そうなキッカーノに、特に文句もなく追従していた。


「チッ。まああんなクソジジイの魔法使い、別に不要なんだよ、ケッ!」


「まーね。なんたってリーダーはA級パーティーの〝全能の魔法剣士〟なんだし、魔法使えるもんね~。余裕っしょ~」


「おお、わかってんじゃねーかマニー。そうだよ、このおれ様がいりゃ、他のヤツなんざ必要ねーんだからな、ぎゃははっ!」


 事実、前衛を張れる剣士が戦闘に役立つレベルの魔法を使える、というのはそれなりに珍しい。普通は役割分担が必要だからこそ、パーティーを組むのだから。

 とはいえキッカーノの言い分は大仰に過ぎるが、マニーは世渡り上手なほうなのか、やはり否定なしに同意する。


「まーね。……あっでも、確か申し込みは、もう一人……んっ?」


 マニーが軽い雰囲気で受け答えしつつ、何やら外の様子に気を留める。

 リンも少し遅れて気付いたが、確かに表が騒がしい。ざわざわと、建物内にいても聞こえてくる喧騒は、組合の出入り口へと徐々に近づいてきて。


 キイ、と控えめな軋み音を立てつつ、扉が開かれると――喧騒はそのまま建物内に伝播していく。


『!? お、おお……』『え、誰だ……見たことねぇ……』

『シスター……いや、神官か……まさか、冒険者志望、か……?』


 組合内に足を踏み入れたのは、粗野な冒険者がたむろする冒険者組合には、やや似つかわしくない風貌の持ち主。

 腰にまで届く長い銀髪が、黒を基調とした修道服に一筋の光を差しているようで、清楚でありながらどこか艶を帯びているようにも映る。


 口元には常に微笑みを浮かべ、聖職者じみた見た目なのもあって穏やかな印象だが、どことなく愁いを帯びて陰のある、絶世の美女。


 やはり冒険者組合には似つかわしくない彼女が、けれど迷いなく歩を進め、立ち止まったのは――ぽかん、と口を開けるキッカーノのテーブルの前、困惑して立ち尽くすリンの隣。


 様子を窺うように周囲の喧騒が静まった、そのタイミングに、美女は口を開いた。


「こんにちは、キッカーノさん。私はクエル――神官戦士のクエル、と申します。A級パーティーのキッカーノ隊への加入を希望し、訪ねさせて頂きました」


 一時は治まった喧騒が、ざわっ、とどよめく声で盛り返し。

 呆けたように口を開いていたキッカーノが、にやり、いやらしい笑みを口に浮かべる中。


 リンだけは、深くかぶったフードの下で、焦燥した表情を浮かべて。


(っ……こんな人がリーダーのパーティーに、なんて……さっきのおじいさんみたいに、どうか断ってくださいっ……!)


 両手を結んでうなだれる少女の姿は、神官戦士と名乗ったクエルの安否を神に祈るようで、少しばかり皮肉ではあった。

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