第4話 リン=エレクトラの依頼
〝灰色の止まり木〟の隠し扉の奥、誰も知らぬ秘密の部屋にて、今しがたリン=エレクトラの不遇な現状を聞いていたのは。
青年ながらマスターであるクロウ=アッシュ・グレイ。
酒場でウェイトレスを務める美少女、メルカーナ。
三者三様、椅子に座り、話が一区切りを迎えると。
新たに、美貌と洗練された仕草が特徴的なメイド、カミラが入室して――凛然と背筋を伸ばし、良く通る声で報告を始めた。
「クロウ様、報告させて頂きます。先ほど仕入れた情報に寄れば、リン=エレクトラ様の所属するA級パーティーのリーダーは〝全能の魔法剣士キッカーノ〟とのこと。パーティー名は、キッカーノ隊……無駄に自己主張が激しいですね、まあ覚えておく必要性も感じませんが……さてリン様、この情報に相違はないでしょうか?」
「っ! ……は、はい、その通りです……」
恐怖が根付いているのか、パーティーリーダーでありながらその名前を聞くだけで、リンは身震いしてしまっている。
そんなリンを気遣ったのか、メルカーナが話を引き継ぐように、トントンと自身のこめかみを指先で軽く叩きつつ言う。
「キッカーノ、〝全能の魔法剣士〟……ああ、思い出しました。確か、まだ新興の冒険者組合に開設当初から所属する男性冒険者ですね。冒険者としての活動は一年ほど、長くB級冒険者だったようですが、ここ最近は調子が良いのかパーティー単位でA級認定を受けたとか……随分と横暴な性格ですが、新興の組合でも稼ぎ頭の出世頭で、組合側からも強く出られない相手……なのだとか」
「! は、はいっ……メルカーナさん、良くご存知なんですね……?」
「ふふっ、何しろ表の顔は酒場、冒険者さんからたくさんの情報が入ってきますからっ。私自身も人間観察が趣味ですし、これでも記憶力は良いほうなのですよ♪」
「――人間観察の分だけ仕事中も注意してくだされば、失敗も少しは減るのでは、と思うのですけれどね」
「あうっ。も、もお~っ、カミラさんってば、イジワルですっ!」
容赦ないツッコミに不満を返すメルカーナだが、美貌のメイドは特に気にすることもなく、続けて仕入れてきたという情報を口にした。
「さて、そのキッカーノとやらですが……仰る通り横暴な性格では割と有名らしく、裏では黒い噂もあるのだとか。噂とはいえ、この酒場の事情通の客による、確かな情報です。リン様は……ご存知ないようですが」
「えっ、あっ、黒い、噂? 一応とはいえパーティーメンバーのわたしでも、聞いたことが……というか、さっきの今で、どうやってそこまで情報を……あっ。事情通のお客さんって、まさか……」
誰か思い当たる人物でもいるのか、リンが今は隠されている秘密の扉の向こう側、今も店内で眠りこけているだろう人物に言及する。
「ちょっと離れた席で酔い潰れてた……あの、不思議な雰囲気のお姉さん! ああ見えて、実は只者じゃないとか――」
「いえ、リン様が覚えておられるかは分かりませんが……顔面を鉄板で焼かれていた男性客です。戦士タイプですが、ああ見えて情報収集は欠かさないそうで」
「い、意外性……!? あのツケを払ってくれない、っていう……!?」
「ほほう、憔悴している状態で、なかなかの観察力と記憶力……優秀ですね、リン様。あなたもメイドになりませんか?」
「と、突然のスカウト!? あっ、いえでも、わたし……色々と、事情が……」
しゅん、と力なくうなだれてしまうリンに、軽く咳払いしたメルカーナが、本題に戻るべく告げる。
「カミラさん、勧誘はその辺りで。さて、リンさん……他のパーティーメンバーがどこまで関わっているのか現時点では不明。ですが恐らくリンさんへの不当な契約なども、そのキッカーノによる主導でしょう。私の頭の中に今ある情報、印象とも、合致します。……それを踏まえて、お尋ねします」
ほんの少し前まで、年頃の少女のように慌て、酒場では目を覆いたくなるような失敗を繰り返していた、けれど快活なウェイトレスが。
メルカーナが――今は厳粛に、一種の威厳さえ感じさせる表情で、リンと真正面から向かい合い、問いかける。
「リンさん、貴女はこれから、どうしたいですか? 今のまま不当な扱いを受け、耐え続けますか? ……ずるい言い方をしているようで、申し訳ございません。ですが私の、いいえ私たちの、個人的な想いを打ち明けるならば……貴女に、救われて欲しい。リンさん、貴女はもう、そんな不遇に耐える必要などないのです」
「っ。メルカーナ、さん……わたし……わたし、は……」
本心から相手を慮るメルカーナの言葉に、閉ざしていた心が開かれたのか。
椅子に座ったまま、リンが自身の膝を両手で、ぎゅっ、と握りながら思いを吐露する。
「わたしは……わたしが苦労するのは、構わないんです……強化術といっても微々たる上昇量で、冒険者として未熟なのも、それは本当ですから……でも、わたしが
ぽつり、ぽつり、も出れる言葉と共に、ぽとり、ぽとり、大粒の涙が両手と膝を濡らし。
止め処なく溢れる液体で顔中をしとどに濡らしたリンが、決定的な一言を。
「お願いしますっ……どうか、わたしを……助けてください……!」
その、涙ながらの悲痛な懇願に。
クロウの昏い目の奥深くで――ゆらり、感情が炎のように揺らめいて。
「―――メル」
「! ……かしこまりました、マスター・クロウ」
言葉少なくともクロウの意図を察したのか、メルカーナが腰かけていた椅子から立ち上がり、すう、と一つ深呼吸する。
少し間を置いてメルカーナの口から溢れた言葉は、少し前までウェイトレスを務めていた時の少女とは、打って変わっていた。
「〝聖王都〟と呼ばれる大都市で、俄かに数を増している冒険者組合と冒険者たち……その全てをつぶさに見通すことは困難。だとしても――こうして長く不遇に苛まれる者を見過ごしてしまったなど、私たちの恥ずべき落ち度。ですがそれ以上に、他者を貶め騙し利用し、不当な利益を貪る畜生が、のうのうと世に蔓延り息をしている事実。義憤に堪えません。この邪道を放置して、この都市に住まう私たちに、如何なる正道もあるものか」
「! ああ、メルカーナ様……ご立派でございます……!」
酒場とは立場が逆転したかのように、恍惚とするメイド姿のカミラが目を輝かせ。
メルカーナは威風堂々、朗々と通る声で宣言する――!
「私たち〝灰色の止まり木〟の裏の姿は〝陰の退職代行サービス〟―――
マスター、クロウ=アッシュ・グレイと、微力ながら私メルカーナとカミラが。
――あなたを苛む不遇を、必ずや解決してみせましょう――!」
「! っ……ぁ、ありがとう……ありがとう、ございますっ……」
不当を強いられ、悪辣な手法に囚われ、誰に相談することも、味方も作れなかった少女にとって――〝味方してくれる者がいる〟ことが、どれほど大きな心の救いとなっているだろうか。
とはいえ聞きなれぬ言葉に、リンは涙まみれの顔を拭いつつ問いかけようとする。
「ぐ、ぐしゅっ……でも、〝陰の退職代行サービス〟……? えっと、初めて聞くんですけど、それってどういう――」
「……リン=エレクトラ」
「あっ……く、クロウさん?」
しかし質問も半ば、また気付かぬ間に立ち上がっていたクロウが、リンの傍に立って語りかける。
「辛かっただろう、苦しかっただろう。でも、大丈夫だ。これから先は、キミが煩うコトは何もなくなる。俺と、メルとカミラが、必ずキミを守る。だから……安心してくれ」
「! ぁ、ぅ……は……はいっ……!」
クロウの目は相変わらず昏いままで、感情は読み取れない――が、その声は不思議なほどに力強い。閉ざされた秘密の部屋の中とはいえ良く響き、それでいて悠々とした温かさで、リンの心を包んでいく。
そうして―――
クロウは最後に、言い放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます