猫のはなし

お茶

トラのはなし

トラのはなし


 社会人になっていた私は、小さなアパートで一人暮らしをしていた。

 親が転勤族だったため実家を離れて暮らしていたが、最近、両親が近所に新しい家を建てたので行き来がしやすくなった。


 そんな時、同級生だった彼がふらりと転がり込んできた。仕事もせず、ただ「家出した」と言うだけの居候だ。

 彼というのは、小学校5年生くらいから高校卒業後私に最初の彼氏ができるまでずっと片思いしていていた人で、何なら一度は告白してフラれたこともある。

 困ったなと思いながらも情に流され、なし崩しに同居を許してしまった。


 ある日、彼が唐突に言った。

「猫を飼いたい」


 私は思わず睨みつけた。

「は?毎日世話して、一生面倒見れるの?病気になるし、お金もかかるし、最後まで責任を取らなきゃいけないんだよ。私は世話しないから、あんたが全部やるんだよ。…一時預かりのボランティアならいいんじゃない?」


数日後、保護猫団体からハチワレの子猫を預かることになった。

 案の定、彼はほとんど世話をせず、結局ほとんど未経験の私が面倒を見ることになった。

 ハチワレの子猫は保護猫団体から預かった後、すぐに新しい飼い主が見つかり、譲渡されることになった。


 その譲渡の日、保護猫団体の人が言った。

「次は、この子をお願いできませんか?」


 キャリーから出されたのは、シャムのような青い目をしたトラ柄の猫だった。

 すぐにゴロンとモフモフのお腹を見せ、人懐っこい大きな目でこちらを見上げて「撫でて!」と訴えてくる。

「……かわいすぎる」

 一瞬で心を奪われた。

 その子は「トラ」と名付けた。


 里親探しのため譲渡会に連れて行った日、団体の人からトラの生い立ちを聞いた。

 母猫はカラスにつつかれて弱っているところを保護され、その後、人の家で子猫を産んだのだという。つまりトラは、生まれた時から人のそばで育った猫だった。


 私は話を聞きながら檻の中で不安そうに鳴き続けるトラを見ていた。

 猫は自分で生き方を選べない。誰と暮らすかは、人間が決めてしまう。だからこそ、迎えるなら最期まで一緒にいる覚悟が必要だ。

 色々な感情が巡り、心を決めた。

「トラは、うちの子にします」


 こうして私は正式にトラの飼い主になった。

 猫を飼うということは結婚するのと同じこと。すこやかなるときも病める時も愛することを誓い、最期まで添い遂げるのだ。


 それからしばらくして彼との生活は破綻した。彼とは絶対に結婚したくないと思った。

 早急に部屋を家電ごと彼に明け渡し、私は出て行くことにした。最後に彼はあっさりと言った。

「猫は連れて行ってくれ」


 新しい部屋を探そうとしたが、親から「猫を連れてきていいから、家に戻ってきなさい」と言われた、実家へ帰ることになった。

 お母さん、猫苦手なのに。ありがとう。


 あれから9年。私は別の人と結婚し、トラは変わらず私のそばにいる。

 今ではさらに何匹か猫が増え、一時預かりボランティアなど保護猫活動のお手伝いをしながら、にぎやかな毎日を過ごしている。

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