【書籍化企画進行中!!】追放先が歴代勇者の墓場だったので、全員生き返らせたら規格外の英雄国家が誕生した

ナガワ ヒイロ

第1話 【蘇生】の勇者は奈落に堕つ





 勇者とは。


 生まれながらにして女神と同じ黄金の瞳を持ち、特別な力を与えられた存在だ。

 その役割は、ダンジョンの最奥で待ち構える魔王を討伐すること。


 幼い頃に故郷の村を魔物に襲われ、両親や友だちを皆殺しにされた俺は、イクシオン王国の国王にそう言われてあっさりと信じてしまった。


 冷静に考えれば分かっただろう。


 村を襲った魔物とダンジョンの奥に引きこもっている魔王に因果関係がないことくらい……。


 しかし、憎しみに囚われたまま成長した俺は事実から目を背けて、出会う魔物を片っ端から殺しまくった。


 その末路は――



「勇者エルオット、貴様には王女への暴行疑惑がある」


「ち、違っ、俺はそんなことしていない!!」



 俺の名はエルオット。


 今、俺は全く身に覚えのない罪で裁かれようとしている。

 ダンジョンの魔王を討伐し、国へと帰還した翌日の出来事だった。


 国王から与えられた部屋で休んでいた俺は、いきなり兵士に叩き起こされたのだ。


 そして、何が何やら分からぬまま手枷を嵌められてイクシオン王国の国王や有力貴族がいる大広間まで連行された。


 国王が厳かな声で語りかけてくる。



「……貴様が我が娘、メリアの部屋を夜中に訪れていた姿を大勢の侍従が目撃している」


「そ、それは、王女殿下から夜中に部屋へ来てくれと言われて……!!」


「あくまで罪を認めぬか。ならば仕方ない、メリアよ。そなたが何をされたのか、正直に話すのだ」



 国王に言われて一歩前に出たのはイクシオン王国の第一王女、メリア・ル・イクシオンだった。


 見目の整った美しい少女だ。



「ま、真夜中にエルオット様が急にわたくしのもとを訪ねてきて、部屋に押し入られ、わたくしはそのまま……」


「違います!! 俺は本当に王女殿下に呼ばれて!!」


「見損なったぜ、エルオット!!」


「っ、グレイン」



 涙を流すメリアを優しく抱き締めながら、顔立ちの整っている男が俺を睨む。


 彼の名前はグレイン。


 俺が最も信頼している仲間であり、数々の死線を共にくぐり抜けてきた親友だ。

 その親友が、今は軽蔑した眼差しを俺に向けている。



「グレイン!! 本当に俺はやってない!! 信じてくれ!!」


「はっ、よく言うぜ。じゃあどうしてメリア王女はこんなに泣いてるんだ?」


「し、知らない!! 王女の勘違いだ!!」


「……本当に見損なったぜ、クズが」


「グ、グレイン……」



 グレインは本気で俺が王女に乱暴をしたと思っているようで、いくら訴えても信じてもらえそうになかった。


 俺は改めて周囲を見回す。


 国王を含め、大広間にいる貴族たちは揃いも揃って犯罪者を見るような目で俺を見ていた。


 しかし、礼服をまとった貴族たちが大勢いる中でシスター服を着て浮いている金髪の少女だけが唯一違う目で俺を見つめている。


 その少女の名はニア。


 グレインと同じく俺の仲間であり、パーティーの回復役を担う聖女。

 そして、つい先日俺から告白して恋仲になった少女だ。


 彼女なら信じてくれるはず!!



「っ、ニア!! 俺じゃない!! これは何かの間違いなんだ!!」


「……申し訳ありません」



 ニアは小さな声で謝罪すると、メリアを庇うグレインの傍に立った。



「私は以前から勇者様にしつこく言い寄られておりました。……こちらにいるグレイン様とお付き合いしているというのに」


「……は? な、何を言って……」


「おそらく、私に拒絶されて王女殿下に狙いを定めたのかも知れません」



 俺は言葉を失った。


 昨日まで愛し合っていたはずのニアまでもが、俺を犯人だと言う。

 何が起こっているのか分からず、俺はただ困惑した。



「ふ、ふざけるな!! 俺は無実だ!! 陛下、俺は女神様に誓ってやってません!!」


「……尊き女神様の名を出してまで己の罪を認めぬか。ここで素直に白状するのであれば魔王討伐の功績に免じて恩赦を与えることも考えたが、残念だ。メリアよ、続きを話せ」


「はい、お父様。……勇者様はわたくしを犯しながら『国王を殺して国中の女を俺のものにする』と言っておりました」


「っ、で、出任せを言うな!!」



 俺は思わず怒鳴ってしまった。


 すると、メリアは「ひっ」と小さな悲鳴を上げて自らの胸を押し付けるようにグレインの腕に抱き着く。


 グレインはその感触に鼻の下を伸ばしながら、俺を見下して言った。



「最低だな、エルオット。罪を暴かれて女の子に怒鳴り散らすなんて」


「だ、だから、それは――」



 その時、俺はグレインと王女が邪悪な笑みを浮かべていることに気付いた。



「グレイン!! お前ッ!! お前かッ!!」


「何の話か分からねーな。さっきはメリアのせいにしておいて、今度はオレのせいか? 最低だな」


「っ、陛下!! どうか俺の話を聞いてください!!」



 俺は真摯に訴えたが、国王は冷酷に告げる。



「元勇者エルオットよ、貴様を強姦と国家反逆の罪で『大穴』へと追放する」


「なっ、ま、待ってください!! 陛下!! 俺は無実です!! そいつらの陰謀だ!!」


「……連れていけ」



 それから俺は国王の命令で牢屋に入れられ、兵士から殴る蹴るの暴行を受けた。

 皆が心から敬愛する王女に乱暴したことへの報復らしい。


 牢屋を破壊して脱獄することも考えたが、俺に嵌められた手枷には勇者の力を封じる効果があるようで、それも叶わなかった。


 一方的な暴力に晒され、俺の心はポッキリ折れて刑が執行される日を待つしかない。


 そして、無慈悲にもその日はやってくる。



「これが……大穴……」



 大穴。


 それはイクシオン王国の辺境に存在する直径1キロにも及ぶ巨大な縦穴で、底が見えないくらい深くて暗い。


 ここは言わば『勇者専用の処刑場』だ。


 手枷で力の大半を封じられていても、勇者の身体は強靭で、ギロチンでは首を落とすことができない。


 だから大穴に突き落とし、落下死させるのだ。


 大穴の底は地獄に繋がっているとか、恐ろしい魔物がうじゃうじゃいると聞いたことはあるが、真実は定かではない。


 しかし、歴史上で悪事に手を染めた勇者が何十人も追放という名目で葬られているのは事実だ。


 今から俺も、その勇者の一人になる。



「ではこれより、元勇者エルオットを大穴へ追放する!!」



 刑の執行人が声高らかに宣言し、同時に集まっていた民衆が石を投げ始める。

 頭に石が当たって大量の血が流れても、誰もその手を緩めない。


 血を失って呆然とする最中で、俺はふとある人物の言葉を思い出す。



『勇者とか魔王とか、そういうのやめない? 戦いとか虚しいだけじゃん』



 それは、俺が殺した魔王の言葉だった。


 故郷の村を魔物に襲われ、家族も友人も失った俺は怒り狂ったが、改めて考えるとその通りだったと思う。


 国のため、人のために戦った末路が身に覚えのない罪で極刑なのだ。


 本当に虚しいだけである。


 今さら魔王の言葉を理解したところで、もう手遅れなわけだが。



「みすぼらしい格好だな、エルオット」


「……グレイン」



 刑が執行される直前、何を思ってかグレインが話しかけてきた。



「何か用か?」


「そう邪険にするなよ。これから死ぬお前に真実を話しておこうと思ってな」


「……真実? お前が王女と結託して俺を殺そうとしていることはもう分かっているぞ」



 グレインは平然としている俺に苛立ったのか、小さく舌打ちをする。

 それでも俺に何か話したいようで、ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべて言った。



「勇者は魔物を倒せば倒すほど強くなるだろ?」


「それが、どうした?」


「勇者はいつか人の手に負えないくらい強くなる。だから魔王を倒したらちゃちゃっと適当な罪を被せて処刑するんだとよ」


「……国ぐるみの陰謀なのか」



 いや、王女が濡れ衣を着せるのに荷担している時点で分かっていたことだが。


 道理で無実を訴えても意味がないわけだ。



「それで、話は終わりか? もう全部どうでもいいから俺に話しかけるな」


「おいおい、オレは感謝してるんだぜ? お前のお陰で王女との結婚が決まったんだ。最低なクズ勇者に犯された王女に寄り添って慰めているうちにゴールインって筋書きでな」


「それはよかったな。おめでとう、祝福するよ」



 俺の薄っぺらな祝福の言葉にグレインは顔を引きらせたが、構わず続けた。



「なあ、エルオット。助けてやろうか?」


「……助けてほしいと言ったら、お前は助けてくれるのか?」


「ぷっ、なわけねーだろバーカ!! せっかくオレを勇者のオマケだと思ってた奴らを見返すチャンスなんだからな!! しっかりオレのために死んでくれよ!!」


「……俺はお前を、オマケなんて思ったことは一度もなかったよ」



 これは嘘偽りのない本心だ。


 俺はグレインのことを仲間として信じていたし、かけがえのない親友だと思っていた。


 グレインは違ったみたいだが。



「それからお前の大好きだったニアだが、アイツはオレの妾にする予定だ。悪いな、お前が手を出す前に味見しちまってよ。どんな気持ちだ? 地位も名誉も全部奪われて、恋人まで寝取られた気分は?」


「……さっきも言ったが、どうでもいい」



 もう俺の心はとっくに折れてしまっている。


 王女や国王、親友だと思っていた仲間や愛し合っていたはずの恋人さえも俺を裏切って、民にすら石を投げられる始末。


 これ以上、何を悲しめというのか。


 もう何を言われても何も感じることはない、そう思っていた。

 続くグレインの言葉で激情が湧いてくるなど想像もしていなかった。



「ああ、そうそう!! 一番面白い話を忘れてたぜ!! これはメリアから聞いた話だけど、お前の村が滅びたのは王国が魔物を手引きしたかららしいぜ」


「……は?」



 一瞬、何を言われたのか分からなかった。



「おい、グレイン。お前今、何て言った?」


「ガキに都合よく魔物への憎しみを植え付けて利用するためにやったらしいぞ。馬鹿だよな!! 家族の本当の仇のために命がけで戦って無関係の魔王をぶっ殺したとか笑い話だぜ!!」


「……ふざけるな」



 考えるよりも先に口から言葉が溢れた。


 俺は一気に頭に血が昇っていくのを感じながら、怒鳴り散らす。



「ふ、ふざけ、ふざけるなッ!! お前、お前らが、父さんと母さんをッ!! 村の皆をッ!! 許さないッ!! 殺すッ!! 絶対にぶっ殺してやるッ!!」


「おいおい、そんなデカイ声を出したらまた周りに誤解されちまうぜ? やっぱりあの勇者は悪者だったってよ」


「絶対に殺すッ!!!! 例え死んでもお前らを、この国の奴らを皆殺しにしてやるッ!!!!」


「ぷっ、無理無理。その枷で勇者の力を封じられている以上、お前はちょっと頑丈なだけの雑魚なんだよ。大人しく死んどけ、元勇者サマ♪」


「お前らは俺がッ!! この手で地獄に叩き落としてやるからなッ!!」


「へいへい、じゃーな」



 グレインは俺を大穴に突き落とした。


 青い空が次第に遠く離れていく。どこまでもどこまでも落ちていく。


 俺はただイクシオン王国への憎しみと殺意だけを胸に、そのまま奈落の底に叩きつけられて絶命してしまった。


 ……その、はずだった。







 


 俺は暗闇の中で目覚めた。


 身体を起こして辺りを見回すが、暗すぎて何も見えない。

 上を見上げると、針の穴くらいに小さな空が見えるだけだった。



「あれ……? ここは……」



 自分の記憶を探ってハッとする。


 そうだ、グレインやメリアにハメられて『大穴』に追放されたんだ。


 ということは、ここは奈落の底なのか?



「いや、それよりどうして生きている!?」



 俺は自分が生きていることに疑問を抱く。


 いくら身体が頑丈な勇者とて、大穴に落ちたら一溜りもないだろう。


 考えられる可能性は一つしかない。



「俺の【蘇生】が発動したのか」



 勇者は戦うことで強くなる肉体の他にもう一つ、特別な力を女神から与えられる。


 俺の場合、その力が【蘇生】だった。


 その名前の通り、死者を生き返らせることができる。

 天寿を全うした者や四肢を大きく欠損した亡骸には効果はないが……。


 死後から時間が経過しすぎていると俺の体力を著しく消耗するが、他にデメリットらしいデメリットはない。



「てっきり自分には使えないと思ってたけど、そうでもなかったのか。運がいいな」



 今まで自分で試したことがなかったから気付かなかったが、【蘇生】は俺自身にも使うこともできたらしい。


 状況からして、そうとしか考えられない。


 しかし、枷を嵌められているせいで【蘇生】の力は使えないはずなのに……。

 と、そこまで考えてから手枷が壊れていることに気付く。



「落下の拍子に壊れたんだな。本当に運がいい」



 ようやく状況が把握できたところで、目が暗闇に慣れてきた。


 その時、ふと手に何か当たる。



「ん? これは――骨!?」



 持ち上げて目を凝らすと、それが人間の頭蓋骨であることが分かった。


 今まで戦いに身を投じてきて人の死体を見ることは何度もあった。

 しかし、一部が陥没して白骨化した頭蓋を見るのは初めてで俺は軽くパニックに陥る。


 慌ててその場から飛び退き、今度は何かを蹴飛ばした。



「あっ……」



 それは白骨化した亡骸だった。


 百や二百ではない、軽く千を越えるであろう骸がそこら中に転がっていたのだ。


 『大穴』は勇者専用の処刑場だ。


 つまり、ここに転がっている亡骸は全て過去の勇者たちに違いない。

 百年や二百年ではここまで死体が溜まることはないはず。


 きっと途方もない年月の間に大勢の勇者が『大穴』に葬られてきたのだろう。


 この勇者たちもきっと家族を奪われ、散々利用された挙げ句にこの奈落へ落とされたと思うと、やり場のない怒りが湧いてくる。


 

「俺は……俺はこんなことをするクズどものために戦ってたのか」



 俺は今までイクシオン王国のために戦った。


 しかし、イクシオン王国は長い歴史の中で同じく人々のために戦ったであろう勇者たちに酷い仕打ちをしてきた。


 絶対に許せない。許してはならない。あの国は、地図から消さねばならない。



「ここから這い上がって、ぶち殺してやる。全部全部全部、ぶっ壊してやるッ!!!!」



 俺はイクシオン王国への復讐を誓った。


 しかし、頭に血が昇ったままでは目的の遂行などできるはずもない。


 一度大きく深呼吸して、頭を冷やす。


 まずは奈落から地上に戻る手段を探さないといけない。



「壁をよじ登ればどうにか……いや、途中で体力が尽きて落下死するな」



 自分に【蘇生】を使えると判明しても、やはり痛い思いはしたくない。


 できるだけ安全な策を練ろう。


 遥か遠くに見える空を見つめながら地上に戻る手段を考えていた、その時だった。

 不意に背後から獣の唸る声が聞こえて、咄嗟に振り向く。


 すると、そこには俺よりも大きな狼が二本足で立っていた。


 全く気配を感じなかった!!



「い、いつの間に――ッ!!」


「グルアッ!!」



 狼は俺の目では追えない速さで迫ってきて、鋭い爪を振りかざした。


 俺の腹は斬り裂かれ、臓物が零れ落ちる。


 びちゃびちゃと真っ赤な液体が地面に飛び散って辺りを真っ赤に染めてしまった。



「ごふっ、あ、有り得ない!! 魔王より、強い!!」



 勇者の力を封じる手枷が外れている今、俺の身体は何の弱体化も受けていない。


 にも関わらず、目の前の狼はあっさりと俺の腹を引き裂いた。

 魔王ですら肉を抉るのが精一杯だった俺の身体を、ただの爪で!!



「はあ、はあ、はあ……」



 出血が酷くて意識が朦朧とする。


 放っておけば死ぬというのに、狼は再び俺に向かって走り出した。


 俺は身構える。



「グルアッ!!」


「っ、がっ――」



 今度は心臓ごと爪で貫かれ、俺は絶命した。



「――まだ、だあっ!!」


「グルアッ!!」


「がはっ――」



 しかし、俺は自分に【蘇生】を使い、わずかな時間差で生き返る。


 何度も何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……。


 ひたすら自分を生き返らせる。


 何度も繰り返す死と生に頭がおかしくなりそうだったが、復讐の決意が俺の心を狂わせることを許さない。


 俺が百回くらい死んだ辺りで、狼に動揺と疲労が見られるように。



「今だ!!」


「グルア!?」



 俺は一瞬の隙を突いて狼に飛びつき、その首を絞め上げた。

 魔物も呼吸している以上、首を絞めてしまえば殺すことはできる。


 狼が俺を振り払おうと暴れ回るが、俺も負けじと狼の首を絞め続けた。


 やがて狼が口から泡を吹いて倒れる。



「や、やった、はあ、はあ、勝った……」



 魔王よりも強い狼を殺したことで、身体がいくらか軽くなる。


 きっと成長したのだろう。


 微かな達成感と生き延びたという事実に安堵したのも束の間、再び背後から獣の唸る声が聞こえてきた。


 それも今度は一匹ではない。三匹だ。



「「「グルルル……」」」


「……は、ははは、そうだよな。狼なら群れてもおかしくないか」


「「「グルアッ!!」」」



 俺はまた殺された。


 何十、何百回と殺されているうちに、俺はふと思ってしまった。


 痛い。苦しい。息ができない。


 生き返って死ぬ度に何度もそう考えて、俺はある結論に至った。



「知ったことかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」



 例え何千回、何万回死のうと俺は諦めない。


 さっき狼を一匹殺したのだ。ならばもう三匹くらい、何とかして殺す。


 そして、地上のクズどもも殺すッ!!



「グルアッ!!」


「がっ」



 しかし、またしても臓物を爪で抉り裂かれてあっさり死んでしまう。また生き返る。



「はあ、はあ、お、落ち着け、心は熱く、思考は冷静に……」


「グルアッ!!」


「うぐっ」



 死ぬ。また生き返る。


 どうにかして現状を打開する方法を考えないと無限に死と生を繰り返すだけだ。



「何か、方法は……せめてもう一人、誰かいてくれたら――あっ」



 そこまで口に出して、この窮地を脱する方法をあっさり思いついた。


 簡単な話だ。


 何故ならここは『大穴』の底、今まで葬られてきた『勇者の墓場』なのだ。



「先輩勇者さんッ!!!! 俺に力を貸してくださいッ!!!!」



 俺は一番近くにあった白骨化した亡骸に触れて【蘇生】を使った。


 同時に狼が迫ってくる。


 またしても振り下ろされた狼の爪が俺の命を刈ろうとした、その瞬間。


 狼の首が宙を舞った。



「……状況はよく分からないけれど」



 とても美しい少女だった。


 銀色の長い髪は暗闇の中でも輝いており、勇者の証である黄金の瞳が真っ直ぐ狼たちを見据えている。


 腰はキュッと細く、何より胸が大きい。


 色白な肌と動きに乏しい表情はどこか神々しさすら感じる。


 少女は俺の方をちらっと見て一言。



「お兄さんに助けが必要なことは、見れば分かる」



 そう言って少女が腕を振るった瞬間、残りの二匹の狼は縦に真っ二つになった。


 ……ははは。



「勇者って、ピンキリなんだな」



 俺は勇者として魔王と戦い、勝利を収めたことで調子に乗っていた。

 真っ向から戦えば誰にも負けることはないと思っていた。


 それは、ただの驕りだった。


 俺よりもずっと強い勇者が過去にはいて、この少女もその一人だったのだろう。



「……お兄さん、大丈夫?」


「す、すみません、状況を説明したいんですけど、力を使いすぎて、眠いので、寝ます……」


「分かった。じゃあ、おやすみなさい」


「あ、はい。おやすみなさい」



 きっと白骨化した亡骸を生き返らせたせいに違いない。


 俺はそっと意識を手放した。











 一方その頃、地上では。



「ど、どういうことですの!?」


「申し上げた通りでございます」



 イクシオン王国の第一王女、メリア・ル・イクシオンは年老いた老婆に向かって怒鳴り声を上げていた。


 老婆は長年王国に仕えてきた占い師で、様々な未来を予知できる。

 その力を使って今まで勇者が生まれてくる地域をピタリと言い当ててきたのだ。


 しかし、今回老婆が告げた予言は勇者の生まれてくる地域を知らせるものではなかった。



「『奈落の底に勇者あり。王国は裁きを受ける時がやってきた。破滅はすぐそこまで迫っている』、これが今回の予言にございます」



 淡々と予言の内容を告げた老婆。


 メリアは老婆の予言が一度も外れたことがないと知っている。

 だからこそ、その予言を真摯に受け止めて破滅を免れる方法を真摯に乞うた。



「どうすればいいんですの?」


「……」


「ちょっと!! 聞いていますの!?」


「……」



 老婆は親指と人差し指で輪っかを作り、くいっくいっと動かした。


 ――知りたきゃ金払え。


 言外に金銭を要求してくる老婆にピキッと青筋を立てながらも、通常の報酬の倍を払うとメリアは約束した。



「毎度。この裁きを免れたくば、異界の者たちを呼ぶしかありませぬ」


「い、異界の者たちですって?」


「異界の者たちは、この世界にはない知識を持っております。その者たちの知識を使えば、あるいは破滅を免れられるやもしれませぬ」


「どうすればその異界の者たちを呼べますの?」


「……」


「報酬を十倍払いますわ」


「毎度。王城の禁書庫にある異世界人召喚の儀式について記された書物があります。それに従えばいいでしょう」



 メリアは早速行動を開始した。


 それから三ヶ月後、イクシオン王国は異世界の知識を取り入れ、大量の兵器を抱えた無敵の国家となる。


 この時のメリアはまだ知らなかった。


 奈落の底から這い上がってきた勇者たちは、その兵器すらも上回る強者たちであることを。







―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話

銀髪少女の胸はお椀型。


お椀型が好きな方は★★★ください。


「新作だ!!」「面白そう」「あとがき助かる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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