第三者機関への訪問取材

### 第三者機関への訪問取材録音

(2025年8月20日 白井誠 記録)


***


(静かなビルの一室。壁掛け時計がコチコチと時を刻み、薄いカーペットに書類を持つ手が擦れる音が小さく響く。消費者安全ネットワーク事務局、面談席)


**白井**

「突然のお時間をいただき恐縮です。いま社会的に問題となっているリコールの連鎖、状態の把握のためにも、ぜひ御機関の視点からのお話を伺いたいと思い、参りました。」


**担当者・岸本(女性)**

「ええ。こういう取材は珍しくありませんが、事案ごとに資料が膨大です。私どもとしてもできる範囲でお答えします。」


**白井**

「ありがとうごさいます。早速てすが、例の“製造番号ACS61h8ueyI14507”搭載製品の連鎖的なリコールや事故について、今回どう認識されていますか?」


**岸本**

「まず一点申し上げておきますと、公表されている事故や不具合の半分以上は、実際には現場や消費者からの直接通報がきっかけです。メーカー経由の報告そのものも多いですが、彼らの報告には詳細が省かれていたり、件数が減らされるケースは珍しくありません。」


**白井**

「なるほど⋯⋯事故発生時、御機関ではどのようなプロセスで情報を集約・評価されていますか?」


**岸本**

「私たちは独自の情報収集窓口を設けています。自治体や行政からの連絡、現場作業員や消費者の匿名通報が日々舞い込みます。加えて、国から正式な依頼があれば現地へ調査員を派遣することも。公式の事故報告書が届くまで待っていたら、真実はとても追えません。」


(棚からファイルを取り出し、ノートパソコンの画面を見せながら)


**岸本**

「たとえばこの件――空気清浄機の煙トラブルに関しては、メーカーは“軽微な不具合”としていましたが、かなりの数で火花や異臭の発生が記載されています。さらに納品ロットや型番に関する情報が黒塗りになっているんですよ。」


**白井**

「現場では原因の開示を求める声が強い一方、企業側はいわゆる“社内規定や守秘義務の都合で開示できない”と理由付けするケースが目立つと聞きますが?」


**岸本**

「はい、まさにその通りです。“社内規定”や“調査中”、あるいは”プライバシー保護”といった理由で、我々第三者機関や消費者には具体的な原因や全件数が知らされずに、処理が終わることも。本来であれば事故内容、再発予防に向けた対策、該当ロット・期間など、すべて透明にすることが再発防止にも信頼回復にもつながると思うのですが…⋯」


(パソコンを操作して現場写真を表示)


**岸本**

「このクレーン事故の記録でも、現場写真や作業日報は残っていたのですが、“写真提出は任意”、“被写体を特定する文字や場所は黒塗りで”との要求がありました。我々の強い要求や消費者、市民団体の側でもチェックしなければ、ほとんどが闇に消えるんです。」


**白井**

「事故や不具合の正確な実態、ロットの流通経路…⋯企業報告とのすり合わせで苦労は?」


**岸本**

「苦労だらけです(笑)。部品ロット管理、サプライチェーン上の追跡も、建前上は“トレーサビリティを徹底しています”と説明されます。でも実際には各工程で紙台帳や手作業の記録、現場の人間がばらばらにノートをつけているだけ。予定通りならば数分で判別できるはずが、1つの事故で数日~数週間足止めされることもしばしばです。」


**白井**

「調査依頼、監督官庁の介入、外部監査などの対応は?」


**岸本**

「正直、企業が“これ以上は社外流出NG”と蓋をしてしまえば、行政ですら十分に手出しができない部分もあります。法的な調査権限が十分でなく、あくまで企業の“善意による協力”前提。そこに大きなジレンマがあるんです。」


(書類棚から黒塗りのコピーを数枚取り出して)


**岸本**

「ご覧ください。この事故報告書…⋯日付と製造番号は読めますが、具体的な担当者や設計図面、一部経緯は塗りつぶされています。しかも報告ルートで何度も手が加えられた形跡がある。現場の初動記録と照らし合わせると、不自然な時系列や省略が随所に出てきます。」


**白井**

「つまり、再発防止や構造的な透明性確保のアプローチが現行体制だと難しい…⋯?」


**岸本**

「ええ。本当に。事故やリコールが起きてから対応策に着手する――“事後対応”の文化から抜け出せていない。特に、消費者安全が脅かされる状況で、これほどまでに情報が閉ざされるのは由々しき問題です。」


(白井が少し体を前に乗り出して)


**白井**

「情報公開やトレーサビリティ制度の法改正など、求めている改善策があれば教えてください。」


**岸本**

「法制度の強化、それに尽きます。事故報告やリコールに際し、企業側へ“逐一開示義務”を課すこと。さらに、部品の履歴――どこで、誰が、どんな流通を経たか――まで第三者が独自に追跡できる“逆トレース”の権利。あとは、企業の内部通報者の保護。いまは内部からの問題指摘にも必ずしも社会的な安全網があるとは言いがたいです。」


**白井**

「実際に、今回の“ACS61h8ueyI14507”関連でも、そうした通報が――」


**岸本**

「あります、が…⋯通報者は極めて慎重で、直接的な証言や詳細な資料までは得られていません。おそらく、自身や家族への報復や人事上の不利益など、現実的なリスクを非常に恐れている様子です。私たちに届く通報は、ほぼすべて匿名。内容も断片的ですが、現場でしか知り得ない事実がしばしば“ぽろり”と入ってきます。」


**白井**

「統計的には、同様の番号やロットに偏って事故報告が集まっている印象は?」


**岸本**

「はい。実際、弊会で管理する事故報告データベースでも、『ACS61h8ueyI14507』が明記された事故報告が突出しています。時期、製品種類、メーカー横断的に出現している。かつ、情報が薄まるほど、現場では『たぶん同じ番号だったと思う』などのあいまいな証言が多くなり、確実な追跡が難解になる。調査する側としては、非常に悔しく、もどかしいです。」


**白井**

「消費者や遺族の方からの反応、御機関への問い合わせ対応なども増えていますか?」


**岸本**

「間違いなく増えていますし、“事故の根本原因を知りたい”“今後本当に安全なのか”という問いかけが絶えません。企業や取引先、行政のどこに問うても答えがはっきりしない。本来なら我々が間に立って橋渡ししたいのですが⋯⋯なかなか難しい問題ですね。」


**白井**

「最後に、御機関として今後の調査方針、社会へのメッセージなどあればお願いします。」


**岸本**

「どんな障害があろうと事実解明のために力を尽くすつもりです。事故やリコールの背後には、常に“いのち”や“生活”がかかっています。組織の壁や慣例にとらわれず、ひとつひとつ可能な限りの情報を掘り出していく。市民の皆さんも、小さな違和感や疑問を見過ごさず、何かあればいつでも相談窓口を頼ってほしい。それが私たちからの率直なお願いです。」


(しばし沈黙ののち、岸本はふっと力を抜くようにため息をつく)


「……現場の声を、ぜひできるだけそのまま伝えてください。」


**白井**

「はい⋯⋯承知しました。本日はお忙しい中、貴重なお話をどうもありがとうございました。」


***


(録音終了。書類をファイルする音、ゆるやかに開く自動ドアの駆動音)

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