第19話

「――ということで、俺のギルドと契約を結んでもらいたい」


「……ギルド、だと……?」


 その声は、ささくれた石をこすり合わせるような低音だったが――確かに、生者の言葉だった。


「スポンサーが必要なんだよ。あんたの店の名も、武器も、この腕で守る。だから……貸しといてくれねぇか?」


「もちろん無理強いはしないわ。でも、私たちがここまで来たのは――あなたを助けたいと思ったから。それに……あなたの店を、もっと多くの冒険者に知ってもらうチャンスでもある」


 アルベルトの視線が、崩れた深淵竜へと向いた。


 そして、ぎこちなく俺たちへ戻ってくる。


「……お前たちが、あれを倒したのか」


「倒した。正直、死ぬかと思ったけどな」


「……なるほど。見込みは……あるな。少なくとも、この命を拾った恩は返すべきか」


 彼は裂けた外套の端をつまみ、血の滴る腕をだらりと下げたまま、こちらへと歩み寄ってきた。


「契約、だな。――俺がスポンサーになってやる。ただし」


 その瞳だけが鋭くなる。


「俺の武器を雑に扱うような奴とは組まん。扱い方を間違えたら、その瞬間にスポンサー契約は破棄だ。それでいいか?」


 ゼノが豪快に笑い、俺の背中を叩く。


「安心しろよアルベルト。こいつは武器の扱いだけは妙に慎重なんだわ。それ以外は全部無茶だけどな!」


「痛いって……!」


 ユナはホッとしたように息を吐き、静かにうなずく。


「なら決まりね。帰ったら正式な契約書を作るわ。それと……あなたはすぐ治療が必要よ。歩ける?」


「……ああ。まだ、死ぬほどじゃない」


 アルベルトは苦痛を押し殺すように肩を動かしつつ、俺の前に立った。


「ギルド名は……なんだ?」


「それは――」


 俺は仲間たちの顔を見渡した。


 ゼノの豪放な笑み。

 ユナの信頼を宿した目。

 そして、血まみれでなお立ち続ける店主アルベルト。


「――これから決める。みんなでな」


 こうしてスポンサー契約を勝ち取ることができた。




 はじめから大きな本部を作れるわけもなく、とりあえず民家を改良してギルド本部とした。


 王都北区の外れにある、半分崩れかけた二階建ての古家。最初に見たとき、ゼノは鼻で笑い、ユナは「雨さえしのげれば十分よ」と妙に前向きだった。


「……まあ、思ってたよりマシじゃねぇか?」


「ゼノ、それ絶対に褒めてないからな」


 ――そして、本部完成から三日後。


 俺たちはアルベルトの店『鋼刃の宿』を訪れていた。


 救出されたばかりにもかかわらず、アルベルトは既に店に戻り、黙々と作業台の前に座っていた。包帯だらけの腕で金属を打ち付ける姿は、どこか執念めいてすらある。


「遅かったな」


 顔も上げずに言うのが、逆にらしい。


「……いや、あんたこそ無理しすぎだろ」


「ふん。武器職人が手を動かさずにどうする。で――持ってきたのか?」


「ああ。俺たちの“特注”のやつ、頼む」


 アルベルトはカンカンと軽く金床を叩き、ようやくこちらへ視線を向けた。


「……いいだろう。お前たちには感謝しているしな。だが、ひとつ覚悟しておけ」


 低い声に、金属の冷たさが混じる。


「俺の作る武器は、持ち主を選ぶ。扱いを誤れば、お前らのほうが壊れるぞ?」


 ゼノがにやりと口角を上げた。


「いいじゃねぇか。こういう職人肌のやつは信用できる」


「ゼノは雑に扱いそうだから心配だけどね……」


「ユナ!?」


 そんな掛け合いを気にも留めず、アルベルトは作業台の奥へと消え、しばらくして三つの布包みを抱えて戻ってきた。


「試作品だ。お前たちをイメージして作った」


 ひとつひとつ、机の上に置かれる。


◆ 俺用の黒掌適性剣

 刃の中心に魔力導線が刻まれ、黒掌の衝撃を増幅・集中させる“核”が仕込まれている。

「黒掌を剣で導く……そんな真似ができるのは、お前ぐらいだろう」とアルベルトは言った。


◆ ユナ用の魔力循環短杖

 過負荷を防ぎ、細かい魔法操作を可能にする。詠唱補助の紋章付き。

「お前の魔力操作は繊細だ。だからこそ、限界をもう一歩押し広げられる」


◆ ゼノ用の重戦斧断雷

 筋力強化と衝撃吸収の魔石を埋め込んだ、重量級の斧。

「殴り心地は保証する。お前に壊せないものが減るだろう」


「……すげぇな、これ……!」


「当たり前だ。スポンサーになる以上、お前たちを強くするのは俺の責務だからな」


 その言葉を聞いて、胸の奥がじんと熱くなる。


「……ありがとう、アルベルトさん」


 すると彼は、そっけなく視線をそらしながら言った。


「礼はいい。その代わり――」


「ちゃんと帰ってこい。武器の折れた音を聞くのはごめんだ」


「わかってるよ」


 こうして――俺達はようやく冒険者ギルドとしての第一歩を踏み出したのだった。

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