第28話:市場創造型投資vs既存市場最適化戦略
カレンフォンの挑戦的な、それでいて曇りのない笑顔は、私の闘争心に火をつけた。
これは、ただのプレゼント選びではない。カナリア商会のCEOとして、そしてモンスーンという最重要資産の筆頭株主として、この競争に負けることは許されない。
彼女が「既存市場」の中から最適解を探すというのなら、私は「市場そのものを創造する」という、より高次の戦略で対抗するまでだ。
私はカレンフォンと別れると、すぐさまエルドラドの職人街へと向かった。目指すは、この国で右に出る者はいないと噂される、ドワーフの老鍛冶屋が営む工房だ。 工房の中は、鉄と石炭の匂い、そして叩きつけるような熱気で満ちていた。壁には、無骨だが明らかに一級品とわかる武具が所狭しと並んでいる。その中央で、巨大な金槌を振るっていたのは、噂通りの、背は低いが鋼のような筋肉に覆われたドワーフの老人だった。
「——なんだ、嬢ちゃん。ひやかしなら帰りな。ここはガキの遊び場じゃねえ」
彼は私を一瞥すると、興味なさそうに吐き捨てる。
私は何も言わず、カウンターにずしりと重い革袋を置いた。中からは、金貨200枚がこぼれ落ち、薄暗い工房の中でギラリと光を放つ。 ドワーフの眉が、ぴくりと動いた。
「……ほう。ただのガキじゃねえらしいな。で、何の用だ」
「剣を一本、打っていただきたいのです。オーダーメイドで」
私は、モンスーンの体格、剣の癖、そして彼がよく戦う魔物の種類などを、記憶の限り詳細に伝えた。私の淀みない説明に、老人は徐々に感心したような顔つきになっていく。
「……面白い。そいつは、かなりの使い手と見える。だが、最高の剣を打つには、最高の素材がいる。あんたにそれが用意できるのか?」
試すような視線に、私は静かに頷くと、懐から小さな布に包まれたものを取り出した。 それは、スキルで増殖させた『賢者の涙』の、砂粒ほどのひとかけら。
「これを、鋼に混ぜ込んでください」
私がそれをカウンターに置いた瞬間、工房の空気が変わった。老人の目が、信じられないものを見るように、大きく見開かれる。彼の職人としての本能が、その砂粒に込められた異常なまでの魔力を感じ取ったのだ。
「こ、これは……まさか……『賢者の涙』だと……!?」
彼は震える手でそれを拾い上げ、食い入るように見つめている。やがて、その顔に、歓喜と武者震いが入り混じったような、獰猛な笑みが浮かんだ。
「……はっ、ははは! 面白い! 面白えじゃねえか、嬢ちゃん! これほどの素材を、惜しげもなく剣に使うだと!? ククク……いいだろう! やってやる! あんたの金とこの奇跡の素材、確かに受け取った!」
老鍛冶屋は、生涯最高の仕事に出会えた喜びに、子供のようにはしゃいでいる。
「一月だ! 一月待ちな! 俺の生涯の全てを懸けて、この国……いや、市場最高の業物を、あんたのために打ち上げてやるぜ!」
その頃、カレンフォンは、大通りにある老舗の武器屋にいた。 彼女は、力ずくで交渉する私とは違い、店主の老人と楽しげに世間話をしていた。
貴族としての確かな知識で、店に飾られた剣の歴史や由来を語り、老人の職人としてのこだわりを的確に褒め称える。彼女の持つ天性の気品と人当たりの良さは、頑固な職人の心さえも、あっという間に解きほぐしてしまった。
「……お嬢様は、よくわかってらっしゃる。これほど剣に愛情をお持ちの方に、悪い品はお見せできませんな」
すっかり気を良くした店主は、彼女を店の奥にある特別な一室へと案内した。 そこには、一本の剣が、まるで王の如く鎮座していた。
「これは、『蒼き流星』。かつて、魔王軍の将軍を討ち取った英雄が使っていたとされる魔法剣です。持ち主の魔力に呼応し、刃が風を纏うと言われております。今は訳あって、私がお預かりしているのですが……」
店主は、その剣を愛おしそうに撫でる。 カレンフォンは、その青白い輝きを放つ剣に、一目で心を奪われていた。
(……モンスーン様に、ふさわしい)
彼女の脳裏には、あの荘園で、仲間を守るために殺気を放った勇ましい少年の姿が、はっきりと浮かんでいた。
《素晴らしい! まさに圧倒的な資本投下による市場創造型投資と、卓越した対人スキルによる既存市場の最適化戦略! 対照的なアプローチですが、どちらも実に効率的です! いやー、この勝負、どちらに軍配が上がるか、全く読めませんね!》
脳内で《リスク管理》が、興奮気味に実況している。 だが、その声はもう、私の耳には届いていなかった。
私の心は、勝利の確信に満ちていた。 資本の力が、人の心に負けるはずがないのだから。
◇◇
その日は、雲一つない晴天だった。 カナリア商会のボロ小屋本部では、朝からどこか浮ついた空気が流れていた。マングルが珍しく鼻歌交じりに腕を振るった特製のショートケーキが、テーブルの中央に鎮座している。モンスーンの誕生日だ。
主役であるモンスーンは、どこかそわそわと落ち着かない様子だった。その視線が、カレンフォンへと注がれているのを、私は見逃さない。
やがて、昼食後の歓談の時間。私がショートケーキを追加でマンゴルに注文しているそばで、カレンフォンは、少し恥ずかしそうに頬を染めながら、丁寧に布で包まれた長剣をモンスーンに差し出した。
「モンスーン様。お誕生日、おめでとうございます。わたくしからの、ささやかな贈り物ですわ」 「こ、これは……!」
布が解かれると、中から現れたのは、鞘に収まってなお、ただならぬ気配を放つ一振りの剣だった。青白い輝きを放つ刀身。精緻な装飾が施された柄。伝説の魔法剣、『蒼き流星』だ。
モンスーンは、まるで聖遺物にでも触れるかのように、恐る恐るその剣を手に取った。そして、ゆっくりと引き抜く。 ヒュン、と風を切る音と共に、刃が淡い光を纏った。
彼は感極まったように目を見開き、ただただ、その美しさと、手に吸い付くような完璧な重心に心を奪われている。
「すごい……。こんな剣、見たことない……! ありがとう、カレンフォン!」
彼の心からの感謝と歓喜の言葉に、カレンフォンは幸せそうに微笑んだ。その光景を、私は静かに、計算高く見つめていた。
(……いいわ。存分に喜ばせておきなさい。前座としては、最高の盛り上がりね)
私はマンゴルが呆れながら持ってきたショートケーキに、フォークを突き刺した。
その夜だった。 祝宴も終わり、皆が寝静まった頃、私は一人、モンスーンの部屋の扉を叩いた。彼はまだ興奮冷めやらぬ様子で、『蒼き流死』を手入れしていた。
「ナツキ? どうしたんだ、こんな夜中に」 彼の声が、少しだけ弾んでいる。
私からの夜の訪問。彼がそれをどういう意味で捉えたのか、その顔に浮かんだ微かな期待の色で、手に取るようにわかった。
《お客様! チャンス到来です! この二人きりのシチュエーション! プレゼントを渡す前に、まずは甘い言葉でムードを高め、彼の心を完全に掌握しましょう!そして...エヘヘ......その...いやー、想像するとクラクラしてきました!!》
脳内で《リスク管理》が騒いでいるが、私は無視する。
私は、背中に隠していた、長く布に包まれたものを彼の前に差し出した。
「誕生日、おめでとう、モンスーン」
「……え? これって……プレゼント?」
彼の顔から、期待の色がすっと消え、代わりに戸惑いと、そして、ほんの少しの失望の色が浮かんだ。なぜか、彼は落ち込んでいるように見えた。
「なんだ……プレゼントか。いや、もちろん嬉しいんだけど……」
その言葉を遮り、私は布を解いた。 現れたのは、一本の剣だった。だが、それは『
モンスーンの目が、釘付けになった。剣士である彼の本能が、目の前のそれが、ただの武器ではないことを理解したのだ。
「この剣は……」
「ドワーフの名工に、特注で打たせたものよ。『賢者の涙』を混ぜ込んであるわ、値段は聞かないで」
私の言葉に、彼は息を呑んだ。国宝級の魔法剣ですら足元にも及ばない、神話級の素材。彼がそれを手に取ると、剣は持ち主の魔力に呼応し、ぶうん、と低く唸りを上げた。
「すごい……なんだ、これ……体が、魔力が、剣と一つになるみたいだ……」
彼は感激していた。当然だ。この世に二つとない、彼だけのために作られた最高の業物。だが、その表情は、昼間のカレンフォンに見せたような、無邪気な喜びとはどこか違っていた。 彼は何かを言おうと、私に向き直る。
「ナツキ、ありがとう。でも、俺は…その…...」
私は、彼の言葉を待たなかった。彼の驚嘆の表情。それだけで、私の勝利は確定したのだから。
「最高の剣よ。私の騎士にふさわしい、最高の投資。せいぜい、元を取るくらいは働いてもらうわ」
私は満足げに、そして絶対的な自信を持ってそう告げると、彼に背を向け、部屋を後にした。
一人残されたモンスーンは、神話の武器を手に、呆然と立ち尽くしていた。
やがて、彼は何かを諦めたように深く息を吐くと、そのままベッドに倒れ込み、吸い込まれるように眠りに落ちてしまった。 あまりにも、濃い一日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます