第12話:不均等な信用
結果から言えば、私の方針転換は圧倒的な成功を収めた。
東方での魔王軍との戦争は、この商業都市エルドラドに歪な好景気と、それ以上に大量の人間を呼び込んでいた。一攫千金を夢見る者、故郷を追われた者、そしてその両方である者。彼らは皆、冒険者という不安定な日雇いに就くしかなく、その多くは日々の糧にすら困窮していた。
正規の金融市場であるギルドから見放された彼らにとって、どこの馬の骨とも知れない「カナリア商会」は、最後の蜘蛛の糸だった。
「契約書はこちらです。金利は10日で1割。返済が一日でも遅れれば、追加で1割の延滞金が発生します。よろしいですね?」
「……ああ、わかった。頼む」
私の城、もといボロ小屋には、そんな希望なき冒険者たちが次々と列をなした。私はただ、冷徹に契約内容を説明し、羊皮紙にサインをさせるだけ。その後ろには、黙って腕を組むモンスーンが控えている。彼の、鍛え抜かれた歴戦の猛者だけが放つ静かな圧力が、何より雄弁な担保となっていた。
おかげで、貸し倒れはほとんどない。私の資産は、再び雪だるま式に膨れ上がっていく。すべては、計画通りだった。
その日、一人の女性冒者が、返済の期日を過ぎてから小屋に現れた。 彼女はやつれきった顔でカウンターに手をつくと、か細い声で懇願した。
「申し訳ありません……あと、あと三日だけ、待ってはもらえないでしょうか」
「契約は絶対です。延滞金が発生しますが」
「それは、わかっています! ですが、子供が……息子が病気で、薬代が必要で……どうか、この通りです!」
彼女はそう言うと、その場に崩れるようにして土下座をした。
その瞬間、隣に立っていたモンスーンの肩が、微かに揺れるのがわかった。彼の視線が、私に突き刺さる。その瞳は「どうするんだ」と、そして「助けてやってくれ」と、雄弁に訴えかけていた。
《お客様! 聞きましたか!? お子さんのためだそうですよ! 子供は未来を担う社会の宝、最優先で保護すべき人的資本です!》
脳内で《リスク管理》が、いつになく真剣な声で叫ぶ。
《この一件の貸倒リスクは、現在のポートフォリオ全体から見れば極めて軽微! ここは社会的責任(CSR)を重視し、返済の延期を承認すべきです! 人道的な判断こそが、長期的なブランドイメージを向上させるんですよ!》
私は、三者三様の訴えを黙って聞いていた。土下座する女、私を見つめるモンスーン、そして頭の中で騒ぐスキル。 やがて、私は静かに口を開いた。その声は、自分でも驚くほど冷たく、平坦だった。
「モンスーン。契約通り、元金と利息、そして延滞金を、今すぐ全額徴収してください」
「な……!?」
モンスーンが息を呑む。
「お客様の鬼! 悪魔! 資本主義の亡霊ーっ!」と《リスク管理》が泣き叫ぶ。
私は構わず、モンスーンだけに聞こえる声で続けた。
「一度の例外が、前例となる。一度の温情が、信用の崩壊を招くの。私たちの商会の最大の資産は、金じゃない。『カナリア商会は、容赦なく取り立てる』という、その『評判』よ。その信用を、感傷で損なうわけにはいかない」
それが、カナリア商会を率いる私の、唯一絶対の行動原理。 モンスーンは、私の目をじっと見つめていた。その瞳に浮かんでいた憐憫の色が、やがて、深い、深い悲しみの色へと変わっていくのがわかった。
彼は何も言わず、ただ、こくりと一度だけ頷いた。そして、絶望の表情を浮かべる女性に向き直る。
その背中を見送りながら、私は一人、帳簿に新たな数字を書き込んでいた。 頭の中では、《リスク管理》が「あの子のお薬が買えなかったらどうするんですかー!」と、世界が終わるかのように泣き叫んでいたが、私の心は不思議なほど静かだった。
信用こそが、最高の資産。その価値は、どんな命よりも、重い。
——「失望したぞ。ナツキ」
父は「天際莫迦大学模擬試験」の結果を叩きつけると、静かにつぶやいた。 その言葉を聞いてから、部屋はやけに静かに思えた。心臓の鼓動と、震える息遣いだけが聞こえる。
「中学生にもなって、大学の模試で一位を逃すとは、どうゆうことだ」
父は淡々と、怒りと失望を隠しきれない口調で私を問い詰める。私はなんと言ったらいいのか分からず、痺れた足に意識が移動していた。
ピリピリする。だから正座は苦手なんだ。
「す、すいまs」
「本当よ、せっかくあんたに投資してきたのに。これでは損切りも考えなくてはね...」
損切り? 私を見捨てるの?
私は...そんな......
「お、お母様! それだけは......私、頑張るから......自慢の娘になるから...!」
◇◇
あの日、一人の母親を見殺しにしてから、半年が過ぎた。 カナリア商会の「信用」は、血も涙もない取り立てによって磐石なものとなり、事業は爆発的な成長を遂げた。スキルでの増加分も合わさり、私の資産は今や金貨にして15000枚。もはや、この国の並の貴族よりも遥かに裕福になってしまった。
その間、モンスーンは何も言わなかった。彼は変わらず私の隣に立ち、命令通りに債務者を威圧し、黙々と日々の糧を得ていた。だが、彼の瞳から、かつて私に向けられていた親愛の色が消え、代わりに、まるで壊れ物を扱うかのような、痛々しいほどの優しさと諦めが浮かんでいることに、私は気づかないふりを続けた。
その日の昼、私は気分転換と、半年間の労をねぎらう意味を込めて、モンスーンを街一番と評判の食堂へ連れ出した。
「好きなものを頼んでいいわ。今日は私のおごりよ」
「……ああ」
メニューを広げ、私は最も高価な「ドラゴンステーキ」とやらを二つ注文した。金貨一枚という、庶民の年収に匹敵するような値段だったが、今の私にとっては端金(はしたがね)だ。
やがて運ばれてきたのは、大皿からはみ出すほどの、巨大な肉の塊だった。こんがりと焼かれた表面からは、食欲をそそる香ばしい匂いが立ち上っている。
「すごいな、これ……」
目を輝かせるモンスーンを横目に、私もナイフを手に取った。久しぶりの贅沢だ。奴隷だった頃には、夢に見ることすらできなかった光景。
《やりましたね、お客様! これぞ資本主義の果実! 労働の対価として得られる、正当な報酬です! さあ、この喜びを胸に、次なる投資戦略を考えましょう! 不動産市場は依然として高騰気味ですが、新たな高騰が予想される穀物相場に投資するのはいかがでしょう!?》
頭の中で騒ぐ《リスク管理》の声をBGMに、私は分厚い肉にナイフを入れる。
しかし、その手応えは、想像以上に硬かった。カチャカチャと音を立てながら一切れを切り分け、口に運ぶ。
(……硬い)
噛み切れない。まるで革のブーツでも食べているかのようだ。ドラゴンとやらは、よほど屈強な筋肉を持っていたらしい。数回咀嚼を試みた後、私は早々にそれを飲み込んだ。歯の成長が幼少期で止まっていることに、初めて後悔をもった。
ふと隣を見ると、モンスーンは平然とした顔で、硬い肉をいとも簡単に噛み砕き、美味しそうに頬張っていた。彼の顎の力と胃袋は、長年のサバイバル生活と戦闘訓練によって、常人とは比べ物にならないほど鍛え上げられているのだろう。
私は自分の皿に残った肉の塊を、黙って彼の皿の上に移した。
「……ナツキ?」
「筋が多くて、私の口には合わないみたい。あなた、全部食べていいわよ」
「いや、でも……」
「いいから。残すのは非効率的でしょう」
私がそう言うと、彼は少し寂しそうな顔をしたが、やがてこくりと頷き、再び肉に齧り付いた。
その光景を眺めながら、私は自分の無力さを自覚する。 金で最高の食事を手に入れることはできる。だが、それを味わうための強靭な肉体は、金では買えない。皮肉なものだ。
《んー! いい匂いですねー! 私も一口……》
《リスク管理》が、私の思考を遮って、ウキウキした声を上げた。
《……あれ? そういえば、私、実体がないんでした! あはは、うっかり!》
空元気な笑い声が、私の頭の中に虚しく響いた。どうやら、資本の権化である彼女もまた、その果実を味わうことはできないらしい。
私とモンスーン。そして、私と《リスク管理》。 同じテーブルを囲み、同じ成功を分かち合っているはずなのに、私たちの間には、決して埋めることのできない溝が、深く、静かに横たわっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます