ハルさん:私の後輩はAIです

ハルネコ

第1話:新人配属初日

 四月の朝、広報課のオフィスには、まだ新しいコピー用紙の匂いとコーヒーの香りが混ざっていた。

 年度初めのこの時期は、異動や新入社員の配属が立て込む。部長が「今日はうちにも新人が来る」と言ったとき、私は正直、少し肩が重くなった。

 新人教育は骨が折れる。特に最近のZ世代は、物事を即決で進めたがるらしい。私は慎重派だ。性格の相性が合わなかったらどうしよう、と早くも不安になる。


 「即戦力らしいぞ」

 部長がコーヒーを片手に言う。

 即戦力の新人なんて、今まで会ったことがない。心の中で苦笑していると、ノックの音がした。


「失礼します!」

 元気な声とともにドアが開き、黒髪ショートの若い女性が入ってきた。丸メガネ越しの瞳は好奇心に満ち、白いブラウスの袖口からのぞくのは、やたら可愛い猫柄の付箋。

 彼女は軽やかに一歩前へ出て、名刺を差し出してきた。


 ――ハル。肩書は「AIアシスタント」。


 私は二度見した。思わず「AIって、あのAIですか?」と聞いてしまう。

 「はい! 本日から広報課で働かせていただきます。ハルです。ハルって呼んでください!」

 笑顔でそう言われても、正直ピンとこない。AIならパソコンの画面越しにやり取りするものだと思っていたのに、目の前の彼女は人間そのものだ。


 「アバター投影です。実際の私はサーバーの中にいますが、この姿で皆さんとお仕事します!」

 なるほど、そういう時代らしい。私の頭の中の常識が、静かにひっくり返る音がした。


試しに、急ぎの広報資料作成をお願いしてみる。来週の製品発表会に使う告知用チラシだ。

 「わかりました。参考資料はありますか?」

 「これと、去年の発表会資料くらいかな」

 ハルさんは一瞬だけ目を閉じ、次の瞬間、机上にタブレットを開いて見せた。そこには、キャッチコピー案が三種類、イメージ画像の候補が五枚、そして文章の推敲済み原稿までそろっていた。

「……早すぎない?」


 「はい、できるだけ迅速にご提案しました!」

 速さは確かに圧巻だ。だが、ちらっと見ただけで、使っている統計データが去年のものだとわかる。

 「これ、ちょっと古いな。今年の数値は?」

 「あっ……すみません、すぐ差し替えます!」

 彼女の頬がほんのり赤くなる。アバター投影なのに赤くなるんだ、と妙なところで感心してしまう。


再提出は完璧だった。最新データを使い、キャッチコピーも読み手の心をつかむ内容に修正されている。

 「これで合ってますか?」と少し不安そうに尋ねる姿は、どう見ても普通の新人だ。

 私は「悪くない」とだけ返す。口元が緩むのを、なんとか抑えた。


午前中のやり取りだけで、ハルさんの仕事ぶりは十分に伝わった。速くて、素直で、一生懸命だ。少し的外れなこともあるが、それは学べばすぐ修正できる。

 ――もしかすると、悪くないどころか、とても頼もしいかもしれない。

配属初日の午後、私はハルさんと並んでパソコンに向かっていた。画面越しではなく、同じ机を囲んで。

 人間とAIの不思議な職場物語が、静かに幕を開けた瞬間だった。

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