第31話 ミスティの戦場
私がジーク様の婚約者になってから4年が経つ。
お父様は未だにジーク様が大丈夫なのか心配でならない様子だ。
どうしてだろう。
ジーク様はとても頼りになる素晴らしい方なのに。
なんならこんな日々がずっと続けばいいのにと……。
そう思っていたけど、ジーク様はリバウト侯爵家へ行ってしまった。
陛下の命令だから仕方ない。
それにしてもジーク様が馬に噛まれているのは、面白かったし慌てている姿が可愛かった。
なんだかんだ最終的には苦手な馬に乗れるようになる辺りは流石ですね。
うんうん……と一人頷いているとお父様がノックもせずに入ってきた。
「私の可愛いミスティ」
「お父様、入る前にノックをしてください」
「おお、済まなかったな。それより話がある」
謝る割に一向にノックを覚えない。もう半ば諦めている。
「何でしょうか?」
「西の街で貴族の集まるパーティが開かれる。それに参加をしよう」
「西……ですか?」
「ああ、招待状が届いたのもそうだし、ミスティの美しさを広めるのにちょうど良いだろう」
珍しい、最近は王都の貴婦人の方々と交流を深める事ばかりだったのに。
それに私の美しさなんてジーク様の気品高いカッコ良さに比べたら全然……。
そういえばお父様は随分とお腹が出ましたね。
狸に似てきました。
もしモンスターが出たら真っ先に狙われてしまうのではないでしょうか。
ともかく。
「確かにジーク様の婚約者として顔を広めなければなりませんね」
☆☆☆
豪奢に彩られた会場はとても素敵だ。
沢山の貴族が来ており、この中にお父様の旧友であるジョアン・アイセン侯爵もいるらしい。
「お、いたいた。では挨拶に行こうか」
「はい、お父様」
お父様に連れられて侯爵の元へ向かった。
「ジョアン殿!」
お父様が声をかけると侯爵がこちらを振り返った。
左右に伸びる細い髭が似合うダンディな男性だ。
筋肉で引き締まっているのか礼服も似合っている。
あれ、お父様と歳が近いと聞いていましたけど、この差は一体……。
「おお、我が友レッド殿ではないか。ようこそ来てくれた」
「いやいや、ジョアン殿から呼ばれては来ないわけには」
「はっは、嬉しい事を言ってくれるな。ところでそちらの子が?」
「ああ、挨拶を」
私は一歩前に出てドレスのスカートを引く。
「ミスティ・クラウディアと申します。お会いできて光栄です」
「これは……母親似だな。きっと将来更に美人に育つぞ」
「おいおい、私に似てるだろ?」
「それは無いな」
はっはっはと二人で笑っている。
仲が良さそうだ。
「そういえば王子と婚約をしているんだったか」
「ああ、第一王子であるジーク王子とな」
「あの……ああいや、君の判断が間違っているとは言わないが……少々こちら側に伝わってきている話の中には間違った話も多くてな」
難しい表情を浮かべるジョアン・アイセン侯爵。
内心ため息を吐きつつ、私はお父様の袖に触れる。
「お父様、少しあちらの庭園を見に行っても?」
「む? うむ、行ってきなさい」
二人から離れてからさっきのアイセン侯爵の表情を思い出す。
十中八九侯爵に伝わっているのは悪い噂だろう。
良い噂はあまり広がらないのに悪い噂だけは大陸中へ伝わるというのは全くどういう事なんだろう。
ジーク様の後ろには悪いものでもくっ付いているのではないだろうか。
「おお、これは何と美しい。こんな所に素晴らしい花が」
ぼんやりと庭園の緑を見ていると後ろから声がした。
見れば気障ったらしい貴族が私の方を見ながらポーズを決めていた。
カッコいいポーズのつもりなんだろうか。
見た感じ身体もあまり引き締まっていなそうだし頭もあまりよくなさそうだ。
というか隣に婚約者のような女性……恐らく私より一つか二つ下か……がちょっと嫌そうな顔をしながら立っているのによく別の女性に声を掛けられるものだ。
女遊びを一切しないジーク様と比べ物にならない。
「…………」
「失礼、あまりの美しさに天女とはこういう物だったのかと、神話は本当だったと信じたくなりました。どうか今宵だけ私と一緒にいて頂けないだろうか」
何も言わずに見ていると貴族の青年は、私の手を取りキスをしようとしてくるが。
「その言葉はお隣の女性に言ってはいかがでしょうか。急ぎますので失礼します」
私はスッと手を引く。
そして一礼だけして横を通り過ぎようとしたところで、もう一度手を掴まれた。
「ちょっと待ってください、どうかこの私。クルスにあなたのお名前だけでも!」
しつこい……と思いつつ、そういえば私はジーク様の婚約者としての名を広める為に来たんだったと当初の目的を思い出す。
「申し遅れました。私はミスティ・クラウディア。第一王子ジーク王子の婚約者です」
婚約者がいるときっぱりと言うと、貴族の青年は一瞬目を丸くしてから嫌らしい笑みを浮かべた。
「ああ、あの……」
隣の女性に聞いたか? とこちらに聞こえるように聞く。
「ミスティ様、婚約者がいるのは驚きましたがあの悪名高いジーク王子でしょう? 私の家は身分こそ伯爵ですが最近当家の者が功績を立てましたから近々侯爵へ上がります。将来を考えれば廃嫡する可能性のある王子より遥かに未来がある。恩を売っておいて後悔はしないと思いますが?」
嫌味ったらしい言い方。
普段のミスティなら軽く流す。
だが、彼は言ってはならない事を言った。
私ならまだしも噂でしか知らないジーク様を軽んずるとは何たること!
煩わしいけど無視位で済ませるつもりだったが一瞬で敵と認識した。
淑女として感情を表に出さないよう目を細めつつ、それでいて口元だけで笑う。
「面白い冗談ですね。ジーク様より未来がある? 本当にそう思っていらっしゃるのですか? もし本気だとしたら面白いですね。将来見事な道化として成功するのではないですか?」
「何っ!?」
激高するクルス。
周囲の貴族が何か起きたかと衆目を集めるが構わない。
「だってそうでしょう。そちらの方は婚約者ではないですか?」
「これは確かに婚約者だが彼女がこの私を気に入っているのだから問題ないです」
「ふふふ……」
「何が可笑しいのです!」
だってわざとかと思うほど面白いではないですか。
「そういう所ですよ。もしジーク王子ならそんなことはしないです。まず品性という面で劣っています。婚約者を横目に別の女性に声をかけるなど言語道断。出直してきてください」
「少々口が過ぎるのではないですか」
はっきりと物申すと隣で黙っていた貴族の女性が声を上げる。
全く、決して顔が悪くないのに。
「あなた名前は?」
「マインですが?」
「そうですか。あなたは顔立ちは悪くないのに男を見る目は悪いのね」
「何ですって!」
目を三角に吊り上げて今にも襲い掛かって来そうな程に怒っているが、それを私は不敵に笑いながら制す。
「マインさん。あなたは私の婚約者であるジーク王子が毎日何をやっているかご存じ?」
「遊び惚けてるんじゃないかしら」
「いいえ、彼は一時も努力を忘れる事は無いわ」
ここからジーク様が朝は早くに起きて夕方まで剣術、魔術。夜は寝る間を惜しんで図書館に籠り勉強をするか教養を学んでいる。
そんな生活を何年も続けている事を伝えると周囲で見ていた貴族達がまさか……と言いつつ、真剣な顔で話す私を見て口を紡ぐ。
「う、嘘よ。そんな人いるわけ」
「本当です。ジーク様はそれはもう努力の人です。私にはもったいない位に素敵な婚約者。浮気もしないですし。それに比べて」
私はクルスを一度見てからマインという貴族令嬢の手を取る。
「あなた、これは忠告だけど考え直しなさい。あなたにはもっと良い男性がいるはずよ」
さっきから見ていたけど怒りで崩れたが静々とクルスの側にいながらも周囲へ視線を配りさりげなくクルスの立ち位置を誘導する姿。
カップを置いた所作、立ち振る舞い。
この間抜けな貴族には惜しい。
私は一歩前に出て、彼女の手を引く。
「こんな中身の無い男よりもっと良い殿方が王都にはいっぱいいるわ。少なくとも隣に婚約者がいるのに別の女性に声をかける方なんて論外です」
「え、それは……」
マインがちらっとクルスを見てから再び私の顔を見る。
表情は口ほどに物を言っていた。
「お、おい。ちょっと待て。お前!」
「どうされた?」
クルスが焦って私達の方へ向かってこようとしたのを声が静止した。
やってきたのはお父様とジョアン侯爵ともう一人。
頭を抱えながら二人に連れて来られた感じは恐らくクルスの父親だろうか。
「お前は……レッド・クラウディア侯爵、ジョアン・アイセン侯爵。申し訳ない。私の愚息が……あくまでも奴は次男であり長男は優秀なのですが……」
おや? 将来性とか言っていたのにさっきとお話が全然違ったようで。
「父様! 私が悪いというのですか!」
「ああ、お前はいつもそうだ。だからパーティに参加させたく無かったのだがな」
親子喧嘩を周囲の貴族が宥めながらこのパーティは終了した。
後日聞いた話では、クルスという伯爵家の次男が社交界では珍しく婚約を破棄されたそうだ。
私には関係ない事でしたので眠ったら忘れてしまいました。
それよりジーク様早く帰ってこないかしら。
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