第3話

「おはよう。いい朝だな!」

「・・・おん」


開け放たれた窓から冷たい空気が室内に入ってくる。

底冷えする空気に身体を震わせながら外を覗くと、太陽はまだ山間からわずかに顔を出したばかりだった。


「はやすぎじゃね?」

「農家の朝なんてこんなもんだぞ?」


そう言い放つとベントリーが桶を担いで出ていく。その後ろ姿を見送り、あくびをしながら部屋を見渡した。

粗い漆喰の壁に木板の屋根。

木枠にワラを詰めただけのベッドと、石積の暖炉がある質素な平屋だった。

くみ置かれた水で顔を洗っているとベントリーが帰って来て、壺に水を補充していく。

王都と違い上下水道の整備がされていない田舎では水くみは毎日の日課であり、また大きな負担でもあった。


「大変そうだな」

「子供の頃からやってるからなぁ。自分じゃよく分からん!」


毎日大きな桶になみなみと水を汲んで井戸と家を往復する。

これが大変じゃない訳がない。

こういった所を改善する為、弟は今日も必死に書類に向き合っているのだろう。

同じ一族に生まれておいて何もせずに故郷を立ち去っていいものかとガラにもなく少し悩んでしまう。


「火を起こすからちょっと待ってくれ!」

「世話になるばかりじゃ悪いし俺がやろうか?」

「そうか?助かる!」


ベントリーは火打ち金を渡してきたが気取った態度で断る。

ふところに手を突っ込み15セルチの細長い鉄筒を取り出した。

鉄筒を支える機構の内蔵された本体と、手にフィットする様に削られた木のグリップ。

彼らは知るよしもないが"それ"は現代の単発式拳銃に似ていた。

真ん中あたりでくの字に折ると鉄筒の空洞部分にくすんだ赤石を押し込むとがちりと元に戻す。

先端を暖炉に向けてグリップの近く、本体に取り付けられたトリガーを引いた。


パキィン!


硬い物が砕ける音と共に鉄筒の先から勢いよく火が噴き出た。

強い炎に炙られ、瞬く間に薪が燃え上がる。


「すげぇ!それ魔具か!?」

「ふっふっふ。これは俺の"杖"だよ」


ドヤ顔でそう告げる。

杖。

それは魔力を持つ者が体内の魔力を外へ放出するための補助具である。


「はぁー。都会の杖はずいぶん奇抜なんだなぁ」


呑気にそう言いながらベントリーは棚から黒パンとチーズを取り出しテーブルに並べていく。

ニートやってた自分が言うのもなんだが、幼馴染もたいがいマイペースな男だ。


「いや。首都でも魔物の素材か木材で棒状の杖にするのが今でも主流だよ。こいつは俺のオ・リ・ジ・ナ・ル♪」


へぇ!と適当だが大げさなリアクションが返ってくるのがなんとも心地よい。

ついでとばかりにパンに乗っけたチーズを炙ると、パンの上でチーズがとろりと伸びていき香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。


「俺のもやってくれよ!」


はしゃぐ幼馴染の手にあるパンも炙ってやっていると、しだいに杖先から出る火の勢い落ちていく。


「やっぱりクズ魔石だと持続時間がこんなもんか」


先ほどと同じように杖をくの字に折り逆さまにすると、砕けた赤い石がぱらぱらと出てきた。


「それ魔石だろ?使い捨てにするなんて剛毅だな」

「用途によりけりさ」


魔物の体内に出来る結晶〈魔石ませき〉。

魔物が食べた生物の生命力が体内で濃縮・変質・物質化した結晶物で、それはときに魔具の核になり、ときにエネルギー源となる。

現代の発展に大きく寄与してきた魔工技術。その要となる物質である。


「魔石の用途は2つあってさ術式を刻んで魔具に複雑な挙動をさせるための核にする事と魔石自体を消費して魔具を動かすエネルギーにするかなんだもったいないって?消費するのがもったいないって思うだろうけど質の低い魔石でも砕いた時に一気に魔力が放出されるから強力な魔術を発現させる事が可能なんだ!なにを隠そうそれを発見したのは俺なんだよなぁそしてここからが本題なんだうんぬんかんぬん」


大好きで大得意な分野の事になり早口で話すが「よく分からんな!」とベントリーは無視して朝食をぱくつき始めた。


「だが理屈は分からんがそれはいい物だな。それがあれば魔力無しでも簡単に火付けが出来るのに!」

「まあ、そうだな。だけど使いかけのクズ魔石だったから使い捨てただけで、それなりの魔石だったらちゃんと自前の魔力を使うぞ?」


お前だと使い切るたびに魔石を買わなくちゃいけないぜ?と言うとベントリーは大きなため息をついた。


「そんな上手い話はないか。あーあ、魔力を使わない魔具があれば良いのにな!」


その呟きを聞いてふむと考えこむ。

魔力。

超常の現象を起こす不可思議な力であり、魔力を持って生まれる人間はだいたい200〜300人に1人程度と言われている。

ここレヴの町でも魔力持ちはベザレル以外では1人しかいない。


(魔力を使わない魔具、ねぇ)


荒唐無稽な話だ。

それは火を使わずに水を沸かせというのと同義だ。

だがベザレルはそれをバカにする気にはならなかった。

新しい発明とはいつだってそんな荒唐無稽は考えから生まれるのだから。


「該当パーティには当支部より依頼を受けて頂いておりまして・・・、まだ返答を頂けていないんです」


そう言って受付嬢は深々と頭を下げた。

辺境の冒険者ギルド支部はある意味で忙しい。

人手不足で消化しきれない依頼をギルド職員が代行するなんて日常茶飯事だ。

だからたまに訪れる実力ある冒険者パーティへの依頼の斡旋は白熱する。

さっさと目的を達成して帰りたい冒険者と、一つでも塩漬けの依頼を消化したいギルド側の白熱したディベート合戦になる。

なら冒険者側はそんな面倒くさい依頼は受けないのかと問われれば以外とそんな事はない。

ギルド側の評価が上がれば優先して美味しい依頼を回して貰えたり、関係する組織への口利きをして貰えるなど恩恵があるからだ。

彼らも例に漏れず、どうやら勤勉に依頼を受けているらしい。


「あー、分かりました。また夕方にでも顔を出せばいいですか?」


受付嬢はにっこり笑うと再度頭を下げたのだった。


(さてさて、まぁた時間が出来ちまった)


どうしようかとあてもなく町の中をぶらつく。

きざったらしい国家魔具師時代の友人ならノスタルジックな光景とでも評するのだろうが、ベザレルには寂れた田舎町にしか見えない。

10代で町を離れ、首都の高等学院で学んだのち卒業後はそのまま王都で就職。帰って来てからは引きこもる日々。

ゆっくりと故郷を見て回るのは10年以上ぶりだったが、ベザレルの頭を占めているのは郷愁よりも幼馴染の言葉だった。


(魔力を使わない魔具、か)


あてどなく町をぶらつくベザレルの耳にケケ!という底意地の悪い笑い声が届いた。


「よぉ。ごくつぶし」

「ーーよ。ろくでなし」


声をかけてきたのはもう1人の幼馴染であるビョルンという青年だった。

鍛冶屋の倅であり、日頃から鉄をぶっ叩いているその身体はしなやかでいて逞しい。

まるで鍛え抜かれた鉄のようだった。

その顔には見た目に反して軽薄な笑みが張り付いているが。


「・・・どうして俺の幼馴染は、こうむさ苦しい男しかいないんだ」


嘆くベザレルの横にどかりと座り込むと「ついに叩き出されたかよ?」と囁いてくる。

ベントリーとは違った意味で気安いビョルンに「そーだよ」と投げやりに返すとげらげらと下品な笑い声が上げた。

 

「けけ!無職卒業おめっとさん!」

「うっせぇ。好きで無職してた訳じゃあ・・・ない訳でもなかったりするけどさ」


就労のありがたみを噛み締めな、と腹を抱えて笑うビョルン。


「お前の方は順調か?仕事」

「あぁん?ま、ぼちぼちかね。相変わらずオヤジの補助ばっかりだよ。ーーーあ、でも細工仕事は独りでさせて貰えるようになったぜ」


お前と違ってな、とこちらを指差しながら笑うビョルンの肩をゲシゲシと殴るがひきこもりでたるみまくった身体ではダメージは与えられなかった。


(あの頑固親父が、ねぇ)


鍛冶に関して病的なこだわりや頑固さを持つ男が、一部とはいえ仕事を任せた事に内心感服していた。

つまりこの軽薄な幼馴染は細工に関しては客の相手が出来ると認められたという事だ。



みんな前へと進んでいる。



その事実はなんとも眩しく、そして自分が停滞している事を否応なく実感させた。


「おっ、都会の冒険者様のおでましだぞ」


くっちゃべる2人の目の前を、武具に身を包んだ4人組が通り過ぎた。

彼らの後ろに続く馬車の荷台には魔物の死骸が山のように積まれている。


「暖かくなってきたからな。ずいぶん湧いたもんだ」


はじめて間近で見る魔物の死体に、子供達が歓声を上げながらわらわらとむらがるとゴトリと一匹の死体が転げ落ちた。


(火吹きトカゲ、かぁ)


文字通り火を噴くでかいトカゲに似た魔物だ。

正式名称はちゃんとあるが、ここいらではもっぱら火吹きトカゲとしか呼ばれない。

ふと魔具師としての好奇心が疼く。どうやって火を吹いているのかと。

火吹きトカゲに近づくと這いつくばってその身体の観察を始める。


「あ、あの」


荷台に積み直そうとする冒険者の声は集中を始めたベザレルの耳には届いていない。

がぱりと口を開く。

舌裏と下顎に黒い石の様な突起がある以外にはとくに変わった点はない。

手が汚れるのもいとわず舌を持つと黒い石同士をすり合わせると、ヂヂヂと小さな火花が起きた。


「ふむふむ」

「あ、あのー。すいません」

「あぁ、無駄無駄。こいつが集中し始めたら会話にならねぇから」


笑いながらビョルンは冒険者に語り掛けた。

そんな会話すらもベザレルの耳には届いていない。

ぶつぶつと考察を続けながら今度は下顎の膨らみをぐっと押し込むと、喉の奥からじわりと液体が口内に染み出してくる。

その状態でもう一度黒い石をすり合わせて火花を起こすとぼっ!と口内で火が起こる。


(なるほど油か!舌打ちタンキングで火花を起こしつつ頬袋に溜めた油を勢いよく吹いて火を起こしてるのか・・・!)


普通こういう魔物は魔力を消費して火を吹いたりするものだが、こういうやつもいるのかと感心する。

なまじ魔力があると不可思議な現象にはなんでも魔力が使われていると思いがちになってしまってダメだなと反省する。


ピーン!


頭の中で何かが音をたてて閃いた。


「ーーこれだ!」


がばりと勢いよく立ち上がると周囲の人々をかき分けて大通りを北に駆け出した。

すっかり飽きた子供達も次の刺激を求めて立ち去っていく。

残されたのは冒険者達とビョルンだけだ。


「あのー、彼はいったい?」

「ただの魔具狂いのごくつぶしだよ。腕は一流だけどな」


どこか自慢げに呟く。

その言葉に冒険者の1人が勢いよく反応した。


「名前!彼の名前は!?」

「べ、ベザレルだけど」

「ベザレルーー、彼が」


わきめも振らずに実家に走っていくベザレルの後ろ姿をその冒険者はじっと見つめていた。

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