こはるとひよりの物語

Mitsu

春風に舞う桜の下で ― こはるとひよりの物語

湯呑みから、ふわりと湯気が立ちのぼった。

 お茶の香りが鼻先をくすぐる。

 窓の向こう、庭の桜はほとんど葉桜になり、枝先に少しだけ花びらが残っている。

 風が吹くたび、薄い桃色がひとひら、またひとひらと、ゆっくり地面へ落ちていった。


 縁側に腰を下ろし、湯呑みを両手で包む。

 今年の春も、もうすぐ終わるんだな……

 ひらひら舞う花びらを眺めながら、こはるはぼんやりと思った。


 「おじゃまします」

 戸口から顔をのぞかせたのは、近所に住む友人のひよりだった。

 「桜、もう終わっちゃったね」

 「うん。でも、まだ少し残ってる」

 こはるは、ゆるく笑って枝先を見上げた。


 ひよりが隣に座ると、タイミングを計ったように、風が吹いた。

 はらはらと降りそそぐ花びらが舞い、くるくると回りながらふたりの肩や膝に落ちた。

 「まだ咲き続けても良かったのに」

 「また来年も咲くから、大丈夫」

 「それなら来年もここでお花見しようよ!」

 こはるは小さく頷いた。


 最後の一枚が、こはるの湯呑みにそっと落ちた。

 薄い花びらが湯の上でくるりと回る。

 湯呑みを口元に近づけ、こはるは小さく笑って、そっと息を吐いた。

 今日も、いい日だな。




あとがき

初めて短編小説を書きました。今回から始まる「こはるとひよりシリーズ」では、春・夏・秋・冬の四季を舞台に、日常の中の小さな幸せや、ほのぼのとした時間をお届けしていきます。

第一話となる今回は春編。縁側でお茶を飲みながら桜を眺める、静かな感じを書いてみました。近いうちに夏編も投稿予定です。

読んでくださった方の心に、穏やかな物語の余韻が届けば嬉しいです。

「こはるとひよりシリーズ」やほのぼの系短編小説が好きな方は、ぜひ感想やコメントで教えてください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る