第2話 本日のお宿は雑魚寝

 結論から言うと、部屋は思ったより広かった。

 広かったというか、大広間に雑魚寝のパターンである。高校の修学旅行の船旅がこんな感じだった。それを思い出してちょっと感傷に浸る。あの時一緒の班だった阿部、井上、江端班名:チームあ行、元気でやってるか? 大久保はいま、異世界にいます。


 ちょっとだけエモーショナルな気持ちになっている俺とは裏腹に、やはりこのお坊ちゃんが騒ぎ出した。


「な、なななな……!」

「いや、仕方ないだろ、こういうところはさ」


 広間の中心を指差してわなわなと震える、由緒正しきポートグリフ家の三男坊様である。まぁ普通にショックだろうな。こういう人達って船で移動するにしても一等客室とかそういうやつなんだろうし。まかり間違ってもこんなところで雑魚寝なんてしたことがないだろう。


「き、君は!」


 わなわなと震えたまま、ギッと俺を睨む。褐色のためにわかりにくいが、なんとなく赤くなっている気がする。しかもちょっと涙目だ。えっ、泣くほど嫌なの? そりゃあお坊ちゃんにはきついかもだけど、お前これからも異世界人のバディとして冒険に出るつもりなんだろ? 今後もこういうのあると思うけど!?


「妻の――僕の肌を他の男に見られても良いというのかっ!」

「え?」

「そういう趣味があるのかと聞いている!」

「ありませんけど!? いや、ていうかどゆこと!?」

「はぁっ?! わからないのかっ!? まったく無粋な夫だな、君はっ!」


 何だよ無粋って! そう言い返すとスロウは頭から湯気を出し、「こんなところで抱かれる方の身にもなれ!」と叫んで行ってしまった。取り残される俺。周囲には数人ではあるが、他の客もいる。


 抱かれる? 抱かれるって言ったか? などとヒソヒソした――けれど実際は丸聞こえな――声が聞こえてきて、いたたまれなくなった俺は「こ、これ、芝居の練習で!」と声の方に向かって叫び、一拍遅れてスロウの後を追った。


 すぐに見つかると思ったが、意外や意外、完全に見失ってしまった。えぇ、足はっや。俺一応陸上経験者(※ただし中学まで)なんですけど?

 あいつ何? 謎の身体能力何?! お世話しないと生きていけないバブちゃんの癖に生活力以外の能力値が高いのマジで何?!


 クソッ、とその場にしゃがみこんで頭を抱える。


 ていうか、毎回毎回、アイツは何を言っているんだ。

 肌を他の男に見られる? いや、男同士だしな? そりゃあ着替えとかそれくらいのことは普通にするだろ? 真っっていうならまだしも――って、抱かれるって言ってたなアイツ。いや、抱かんって。抱きませんて。何度も言うが、俺とアイツは成り行きで夫婦になってしまっただけなのだ。初夜がどうだの、同衾がどうやらという話にはなったけれども、その度にのらりくらりと交わしてきた。さすがに数回断ればスロウもわかってくれたと思っていたが、どうやら全然伝わっていなかったらしい。のらりくらりが良くなかったのだろう。もっとちゃんときっぱり断るべきだった。


 しかし、アイツはどこにいるんだ。

 そう思っていると、後頭部にじりじりとした熱を感じる。炎の精霊ゴウさんである。事故とはいえ、婚礼の着を交わしたことでスロウと精霊達を共有出来るようになったわけだが、俺は元々精霊召喚士ではなく、召喚する能力がそもそもないため、精霊達は、俺に対してはイチイチ呼び出さなくともホイホイ出て来られるのだ。ちなみにこれは、精霊召喚士的には『精霊に舐められている状態』なのでポンコツ扱いである。悔しいけど事実ではある。


「まーたアイツを怒らせたんか」

「怒らせたつもりはなかったんですけどね」

「マジであいつは面倒だからな。適当に謝っとけばよくね?」

「まぁ、そのつもりではあります。こじれると余計に面倒な気がしますし」

「賢明な判断だな」


 とはいえ、問題はどこにいるか、だ。

 精霊達の力を借りればすぐに見つかるだろうとは思うのだが、スロウを毛嫌いしている彼らが果たして協力してくれるだろうか、という話である。試しに全員出てきてもらって、一か八か尋ねてみると、露骨に嫌な顔をされた。


 のだが。


「他ならぬタイガの頼みですから、まぁ良いですよ」


 まさかまさかの展開である。水の精霊サラさんが渋々といった感じではあったけど、承諾してくれた。


「まずそもそも、人間達がちょろちょろ動くから探すの大変なんですよ。とりあえず、浜にいる人間を手あたり次第鉄砲水で攻撃しますから、動かなくなったらゆっくり探してください」

「お気持ちだけいただきます! それは却下で!」


 鉄砲水で攻撃って、ねぇこれさ、あわよくばスロウのこと始末しようとしてませんか?!

 サラさんの提案で「その手があったか」とでも思ったのだろう、今度はソヨさんが元気よく手を上げた。


「じゃあおれ、竜巻を起こすからさ」

「却下で! 被害が甚大すぎます!」


 竜巻って!

 普段スロウと低俗な言い争いをしてるからすっかり忘れていたが、精霊というのは本来、これほどの力を自由自在に操ることが出来るのである。が、スロウ(ガチの精霊召喚士)を介して呼び出された場合、使える力に制限がかかる。なんやかんやいっても主に逆らうことは出来ないらしい。


 けれどもいまはその権限の半分が俺にある。精霊召喚士でも何でもない、ポケットから折り紙が無限に出せるという、我ながらよくわからんスキルを持っている一般人だ。だから、俺経由で出てきた場合、その制限がないのだそうだ。その天井知らずの力が使いたい放題なのである。


 ということは、だ。

 いまの彼らは、スロウを殺ろうと思えば殺れるのでは。

 そこに気が付いて、ヒヤリとする。


「んもう、アンタ達、ちょっとはタイガの気持ちを汲んでおやりなさい? あの馬鹿以外に被害が出るようなやり方をタイガが喜ぶわけがないでしょう?」

「ご、ゴロさん……!」


 精霊達の良心枠! たぶん一番中立に近い(近いってだけだけど)ポジションにいるゴロさんが、やれやれと腕組みしながら、片足をパタパタと踏み鳴らす。


「アタシならアイツの脳天にピンポイントで電撃をお見舞い出来るわよ! 任せて!」

「すみません保留で!」


 あっぶねぇ。

 確実に殺る気じゃん、この人。全然中立寄りじゃねぇわ。虎視眈々を狙ってやがる!


 そりゃあスロウとは半年間の付き合いだ。たぶんこのペースだと依頼だって半年かからずに終わるだろう。俺は無事、スキルも会得したし、あとはこの世界に慣れれば良いのだ。バディ制度というのはそういうものだ。スキルを発動させ、異世界で独り立ち出来るようになる、そのためのサポート制度だ。ここに『半年』というのが加わったのは、あくまでも離婚が絡んだからだ。


 成り行きでなってしまった夫婦関係ではあるけれど、それなりに情はある。スロウアイツが死ねば晴れて独り身だ! ビバ自由! とはならないのである。


「自力で探します! 皆さんはステイで! ステイでお願いします!」


 そう言って立ち上がり、俺は岩浜の方へ駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る