第3話:神様のルール


――僕の部屋には、神様が住んでいる。



「下僕ぅぅぅ!! いくらワシでもそれは赦さんぞっ!!」


 金の髪に金の瞳、巫女装束に身を包んだ少……幼女が僕に向かって牙を剥き出しにして「がるるるるるる…」と威嚇するように唸っている。

 のだが…、髪の隙間からピョコンと覗く狐耳と、ふさふさの尻尾が可愛らしいので、レッサーパンダやミナミコアリクイの威嚇程度の威力しかない。


「駄目ですぅー。 神様だろうがなんだろうが、好き嫌いは許しませーん」


 可愛らしい威嚇を無視し、手に持った白米入りの茶碗とおかずが乗った皿を、神棚兼奉納台であるポップなカラーの折りたたみ踏み台に乗せようと歩み寄る。


 させじと進行方向に立ちはだかる狐神だが、如何せんお互いに。その身をすり抜けて歩く僕に、悔しそうに歯噛みするばかりだ。


「ま、まて! 奉納品にはルールがあるんじゃ!」


 言われ、ふと足を止める。

 苦し紛れの時間稼ぎにも聞こえるが、それは初耳だ。ルールに反して何らかのペナルティが生じたりしたら困る。

 一応、確認しておくべきだろう。


「ルール? どんなです?」


「まず、原則として奉納されたものは食べなければならないんじゃ」


「奉納品とはって言ってましたよね。そして、信心を得ることで神は神力を得られる、と」


 狐神が来てすぐの時に説明された事を反芻する。

 それを聴いて「うむ」と大仰に頷く。


「そうじゃ。そして、信心から神力を得て、神力で皆に恵みを与えるのが神の役割なんじゃよ」


 つまり――


 信仰心(奉納品)→神力(神様パワー)→神力による恵み(豊穣や家内安全等)→信仰心(以下同じ)


 という神と人との円環が出来上がっている、ということだろう。

 つまるところ、奉納品を捧げることは、お互いに自分のためになる、ということで認識は合っているはずだ。


 ――ならば。


「それじゃあ、これは信奉と信心の証なのでお納めいただければ」


「だからそれはさせんって言うとるじゃろうがぁぁぁっ!!」


 一瞬の隙を突いておかずの乗った皿を奉納台にのせようとするが――、


「なっ! 見えない壁に遮られて奉納できないッ!!」


「ふははははっ! 神力の壁は突破できまいッ!!」


 透明な低反発枕に邪魔されているような抵抗力。

 ふざけんなこのおイナリっ!!

 押し込む力を弱めないまま振り返ると、そこには涙目で必死に引き留めようとする狐神がいた。

 ……思わず片眉が下がる。


「下らない事に力使わないでくださいよ!!」


「ワシにも、譲れん物はあるのじゃぁぁぁっ!!」


 それでもグイグイと押し続けると、突如抵抗が消えた。


「ぐぅぅ……ダメじゃ疲れたぁ……もう何も出せん……」


「神力使い切ってんじゃないですかっ!」


 ヘバッて座り込んで居る狐神を横目で見つつ、冷静に、作業的に、淡々と台に茶碗と皿を置く。

 奉納、完了。


「あぁぁぁぁぁっ!!」


 狐神の悲痛な叫びが室内にこだました。

 ……実際には聞こえてるのは僕だけらしいのだけど。


「嫌じゃぁ! ピーマンは嫌じゃぁぁぁっ!!」


「神様だからといって好き嫌いはよくないですよ?」


「何故いにしえから居るワシが江戸時代かそこらに伝来してきた野菜を食わねばならんのじゃっ!! 先輩を敬えっ!!」


「貴女この前チョコ満面の笑みで食べてたでしょうが!! 好き嫌いすると大きくなれませんよー?」


 とうとう反撃の言葉も失ったか、「ぐぬ」と口ごもり俯く狐神。


「ちがうもん……これは、信仰心が足らなくなって、こうなってしまったんじゃもん……」


「……え? 何て?」


 ボソリとつぶやいた声を聞き取ることが出来なかった。

 聞き返すも、ふい、と視線を外されてしまう。


「そんなに嫌いですか?」


「…………苦い」


「……そうかなぁ…? でも僕も頑張ってピーマンの肉詰め、作ったので。食べてくれると嬉しい、です。あ、デザートに7thドーナツナナドの期間限定ドーナツ買ってありま――」


「食べる」


「……ぇ」


 被るように告げた言葉は、何処か思いやりが垣間見えて。声の先に視線を送ると、何処か覚悟を決めたような真摯な瞳をバツが悪そうに迷わせてから、狐神は少し恥ずかしそうに声を張り上げた。


「ヌシが頑張って作ってくれたんじゃろ……? あ、違っ! ドーナツの為じゃっ!! 期間限定の為じゃからなっ!!」


「……ふふ、はいはい」



――僕の部屋に住む神様は、チョロい。


――けど、ホントはすごく優しくて良い子だ。



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