第16話 団長の呼び出しと、聖女の解説と、新たなる試練と

 試験から数日後。

 騎士団長に呼び出しを受け、俺は騎士団庁舎の長い廊下を歩いていた。


 先日までの浮れたような喧騒が嘘のように辺りは静まり返っている。

 遠くから早朝訓練に励む騎士たちと教官たちの声が微かに聞こえるだけで、すれ違う騎士たちも俺に対しては軽く黙礼をするだけで足早に去って行く。


 だが彼らの瞳には、明らかに俺という存在に向けられた畏怖と好奇の視線がまとわりついていた。

 以前のような侮蔑と恐怖に満ちたものに比べればましだが。

 そうこうしているうちに騎士団長室の前にたどり着いた。


「入れ」


 扉をノックすると中から重々しい声が響く。


「失礼――ん?」


 俺が部屋に入ると、そこには騎士団長と、そしてなぜか当たり前のように聖女セレスティアが待っていた。

 彼女は聖女らしい柔らかな表情で薄らと湯気が立ち上るティーカップに優雅に口をつけている。

 いくらこの騎士団本部が聖女様が住む王都大聖堂に近いとはいえ、ご足労なことだ。


「座れ」


 呆れた表情でセレスティアを見て立ち尽くしていた俺に、団長が椅子を勧める。

 その声には以前のようなあからさまな侮蔑の色はない。

 だが代わりに、底の知れない何かを探るような鋭い光をその目に宿し、俺の一挙手一投足を注意深く観察しているように感じた。


「では」


 俺が黙って椅子に腰を下ろすと、団長は単刀直入に切り出した。


「先日の試験、見事だったと言っておこう」


 あの後、リナの昇級試験は無事合格で終わった。

 クラウスとの戦いでかなり消耗していた彼女だったが、その後は特に苦戦することなく二連勝。

 その段階で試験の合格を告げられ、四回戦以降は参加せず見送る事にした。

 あのまま続けていればなんなく優勝出来たとは思うが、どうでもいい戦いで彼女を消耗させたくないと俺が判断したからである。

 騎士団長の言葉が続く。


「特にあのクラウスとの一戦。貴様の策がなければリナ・アシュフィールドが勝つことはなかっただろう」

「策というほどのものではありません。ただ弟子の力を信じ、その力を最大限に引き出すための道筋を示したまでです」


 俺はいつものように答える。


「なるほどな……よかろう、今までは幾度か貴様の指導法については苦言をていうしてきた。だがこれ以上は問わん。貴様指導の正しさはあの者の結果が全てを物語っている」


 団長は机の上で組んだ指を組み直し、眼光を鋭くさせる。


「だがカイエン。貴様ほどの男がなぜ今まで燻っていた? なぜ新人潰しなどと揶揄されることを甘んじて受け入れていた?」


 鋭い質問だ。

 だが別に俺は受け入れていたわけではない。

 俺がこの身体に宿る前までのカイエンは、正しく『新人潰し』だったからだ。

 とはいえ『中の人が変わったからです』などと言えるわけもない。

 俺は内心で冷や汗をかきながらも、ポーカーフェイスを崩さず答えた。


「器がなければ最高の指導も意味をなしません。俺の指導に耐えうる本物の『器』が現れるのを俺はただ待っていただけです」

「……リナ・アシュフィールドがその器だと?」

「左様です」


 俺の答えに団長はしばらくの間、何かを考えるように沈黙していた。

 やがて彼は強く一度だけ瞬きをし、決断を下したような強い決意が伝わる表情で口を開いた。


「カイエン。貴様に新たな任務を命じる」

「任務……ですか?」

「そうだ。貴様には、とある部隊の指導教官となってもらう」


 そう口にしながら団長は机の引き出しを開け一枚の書類を取り出し、俺の前に滑らせた。

 そこに書かれていたのは『第三特務分隊』という部隊名と、数人の隊員の名前だった。


「……これは?」

「騎士団の『お荷物』共だ」


 団長は眉間に皺を寄せ、吐き捨てるように言った。


「実力はある。だが性格にあまりにも問題がありすぎて、どの部隊も受け入れを拒否したどうしようもない連中だ」


 眉間の皺を指先で揉みながら団長が続ける。


「命令不服従は日常茶飯事、協調性は皆無。今ではただ飼い殺しにしているだけの騎士団の『お荷物』だ」

(なるほどな。これが次の『イベント』というわけか)


 俺は団長の意図を即座に理解した。

 落ちこぼれと思われていたリナを育て上げた俺の手腕が本物なら、この問題児集団もどうにかできるだろうと。

 そしてもしできなかったとしても「やはりカイエンはカイエンだった」と俺を切り捨てる格好の理由になる。


 もしかすると『第三特務分隊』もろとも厄介な『お荷物』を排除出来るかもしれないと考えているのかもしれない。

 実に老獪なやり方だ。

 セレスティアが心配そうな顔で口を開いた。


「団長、それではリナさんの指導はどうなさるのです?」

「もちろん彼女の指導も続けて貰うつもりです」

「兼務……というわけですか。でもそれではマスターの負担があまりにも――」

「聖女様。これは彼の実力を正当に評価した上での抜擢です」


 セレスティアの言葉を団長が遮る。


「彼ならばあるいは、あのお荷物共を叩き直し、騎士団の戦力として再生させることができるかもしれんと私は考えたまでです。聖女様もそうは思われませんかな?」


 セレスティアはぐっと言葉に詰まった。

 そして俺の方を向き、その瞳に強い信頼の光を宿して言った。


「マスター。これも貴方様への試練なのですね。ですが貴方様ならきっと……」


 だからその期待に満ちた目をやめてくれ。胃が痛くなる。

 俺はセレスティアの眼差しを避けるように視線を落とし、書類に書かれた隊員たちの名前とプロフィールを一瞥した。


「ほう……これは、なかなか……」


 どうやら団長の言った通りそれぞれ実力はあるようだ。

 これなら俺の訓練にも付いてこれるに違いない。

 しかしどいつもこいつも原作ゲームには登場しなかった知らない名前ばかりだ。

 つまりここからは、俺の知らない未知の領域に足を踏み入れるということになる。


 面白い。


 自然と俺の口元に不敵な笑みが浮かぶ。

 散々遊んだゲームの追加シナリオをプレイする前のワクワク感が俺の心を満たしていく。


「……承知いたしました。その『お荷物』共を、この俺が一ヶ月で騎士団最強の部隊へと作り変えてご覧にいれましょう」


 俺の大言壮語に団長は驚きと疑念が混じったような顔をし、セレスティアは「さすがはマスターです」とうっとりとした表情を浮かべていた。


 やれやれ。

 どうやらこの世界で俺は平穏な日常は送れそうもないらしい。


 望むところだ。

 俺はこれから始まるであろうさらなる波乱の予感に、武者震いがするのを止められなかった。

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