28歳・⑬「分岐」

「家知ってるでしょ?野菜届けてくれたんだから」

案内を頼むと、素っ気なくそう言われた。


微かな記憶を頼りに、春原さんの家に着く。

遡る前は気にしなかったが、3階建ての門のついた立派な家だった。


「死んだってどういうこと?」

改めて聞いてみる。


煙草に火をつけながら、彼女は淡々と言う。

「家も学校も嫌になって、もう“明日なんて来なければいいのに”って願って手首切ったんだ」

「気づいたら去年だった」

「その時に握ってたのが、鷹野原さんから貰った、この“お守り”だよ」

一通り言い終えた後に、ふぅーと息をはいた。


「俺はそんなもの渡した覚えはない」咄嗟に声が出た。


ふふふと、彼女がまた笑った。

「そうだね。そうだったね。この“昨日”ではそうではないね」


この“昨日”?昨日は一つしかない筈だ。


「ねぇ?いま“昨日は一つだけ”って思ったでしょ?」

見透かしたように言う。


「“今の”鷹野原さんにとっては一つだけだね」

そう言うと、足早に玄関に向かった。


「もうそろそろ親が帰ってくるからね。じゃあ」

と、言って何か投げてきた。


先ほどの『TY』と書かれたアルファベットのキーホルダーだった。


「返すよ!元々は鷹野原さんのだし!」

「じゃあ“昨日”でね!」


「“山羊座は12位”だけじゃないんだよ!」


そう言うと、彼女は扉を閉めた。


冷たい金属音が地面に響いたとき、時間の流れが変わった気がした。


足元に落ちているキーホルダーを拾い上げる。

どこか懐かしい気がするが、どうしても思い出せない。


バイクを始動させ、家路へ急いだ。


夜の街並みの風を感じ、アクセルを回す。

0時が、もうすぐそばまで迫っていたからだ。


今回は5日の遡りですんだが、次はどこだ?

どの『昨日』へ飛ばされる?


「自分の知っている“昨日”とは、必ずしも違うと言うことは…」


そう考えている最中だった。

赤信号を無視したトラックが、こちらへ突っ込んできた。


咄嗟にハンドルを切った直後だった。

金属がぶつかる轟音と共に、私の体は宙を浮いていた。


雑踏の声が耳に響く。


視界の端で、街頭の時計が午前0時を回ろうとしていた。


途切れそうになる意識の中、今日の占いを思い出していた。


「…そうだ。今日も山羊座は12位だった」

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