25.銀次の影と、本当の気持ち


──side 彩芽


「……蓮のこと、本当に好きなんでしょ?」


問いかけた瞬間、環ちゃんの頬はぱぁっと赤く染まった。

うつむいて指先をぎゅっと握りしめ、震える声で答える。


「……はい。だいすき……です!」


その一言に、どれだけの勇気を振り絞ったのだろう。

恥ずかしそうにしながらも、真っ直ぐな想いを吐き出す環ちゃん。


……可愛い。可愛すぎる……っ!!


胸がきゅんと締めつけられ、思わず身を乗り出してしまった。

「もうっ……環ちゃんってば、なんでそんなに可愛いのよ!」

堪えきれず、小さな身体をぎゅうっと抱きしめる。


ていうか蓮、アンタ正気なの!?

こんな可愛い子を前にして、手を出さずにいられるなんてありえないでしょ!

抱きしめただけでいい匂いがして、ふわふわで……私なら一瞬で理性なんて吹っ飛ぶんですけど!?


そう心の中で弟に説教していたら──ふと、あの言葉がよみがえった。


“環が呼んだのだ。“銀次”と。それは愛おしそうに、その男の名を口にしていた”


──そうだ、銀次。


気づけば口が勝手に動いていた。


「……環ちゃん。銀次って、誰なの?」


「えっ!?」


環ちゃんの目がまん丸に見開かれる。

しまった……! どうやって探ろうかあれほど考えていたのに、思わず名前を出してしまった。


そして次の瞬間、環ちゃんの顔色はさっと変わる。

さっきまで赤らんでいた頬が、みるみる青ざめていった。


「……な、なんで……? 彩芽さんが……“銀次様”の名前を……?」


おろおろと戸惑う声。

その姿に胸がちくりと痛んだ。


……やっぱり、蓮が心配していたとおりなの?

環ちゃんの心には、銀次っていう男がいるの……?


考えただけで、心臓がぎゅっと締めつけられる。


けれど怯える環ちゃんを追い詰めたくはなかった。

私はできるだけ優しく微笑み、静かに言葉を重ねる。


「大丈夫よ。私は環ちゃんの味方だから」


しばらく迷ったのち、環ちゃんは小さく頷き、ぽつりぽつりと語り出した。


「……銀次様は、私にとって……とても大切な方なんです。ずっと、私の支えで……」


震える声に、真剣な想いが宿っていた。

私は胸の奥でざわめきを覚えながらも、黙って耳を傾ける。


……本当は、聞きたくなんてなかった。

私の願いはただひとつ──環ちゃんが弟と幸せになること。

けれど、“銀次様”という名前が出るたびに、どうしようもなく胸が痛む。


それでも、否定も拒絶もできなかった。

彼女の大切な想いを、壊したくはなかったから。


そしてまた、余計な言葉が口をついて出てしまう。


「……銀次のこと、なんで好きになったの?」


──あっ。

しまった、私のバカーッ!!

なんでわざわざ聞いちゃうのよ! 聞きたくないに決まってるのに!


環ちゃんは頬を赤らめ、指先をもじもじさせながら答えた。


「……最初は……見た目が、とてもタイプだったんです」


「そっか……」

答えを聞いた瞬間、胸の奥で「うわーん!!」と泣き声が響いた。

やっぱり聞きたくなかったああ!!


それでも続きを求めずにはいられない。


「見た目って、どんなところがタイプだったの?」

──墓穴を掘りに行く私。止まれ、口!


環ちゃんはさらに小さな声で答える。


「銀次様の……ふさふさなお耳と尻尾が、とても可愛いと思って……」


「…………え?」


耳と尻尾? ちょ、ちょっと待って!

その銀次って人も、まさか蓮みたいに……?


私は思わず前のめりになる。


「……銀次と同じように、蓮にも獣耳と尻尾があるから……だから蓮を好きになったの?」


「えっ!?」


環ちゃんの顔が一気に真っ赤になる。

しばらく言葉を失ったのち、拳をぎゅっと握りしめ、震える声で口を開いた。


「……確かに、きっかけはそうだったかもしれません。旦那様の耳と尻尾を見て……銀次様を思い出して、心惹かれたんです」


……蓮。アンタ、銀次に完敗よ。

環ちゃんは蓮を好きだから獣耳を受け入れてくれたんだと思ってたのに、まさか銀次のおかげだったなんて……。

心の中で泣き崩れる私。


けれど環ちゃんは真剣な眼差しを向け、さらに言葉を重ねる。


「でも今は違います。蓮様──旦那様の優しい心に触れて……今は、蓮様ご自身のことが大好きなんです。契約結婚から始まった関係だけど……」


言葉を止め、まっすぐ私を見つめる。

そして、決意を込めて告げた。


「私は、本当の夫婦になりたいって思ってます!」


その告白は、涙ぐむほど真っ直ぐで、温かかった。


……あぁ、この子はやっぱり。

私の大切な“妹”であり、蓮を幸せにできる唯一の人だ。


胸がじんと熱くなり、思わず環ちゃんの手をぎゅっと握る。


「……環ちゃん。ありがとう」


自然と、そんな言葉が零れた。

目尻には、いつの間にか熱いものがにじんでいた。



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