第九章:佐藤菜々美さんを探しています



佐藤菜々美さんを探しています


シスターウエノオカチマチが、東京東エリアを巻き込む社会現象の中心で世界の平和を確信していた、まさにその頃。

一歩、現実世界に視点を戻せば、そこでは全く別の物語が進行していた。


『――ニュースです。都内の大学に通う、佐藤菜々美さん(20)が、昨日、東京・秋葉原に買い物に出かけたまま連絡が取れなくなり、警視庁は公開捜査に踏み切りました。』


テレビのニュースキャスターが、神妙な面持ちで原稿を読み上げる。画面には、少し緊張した面持ちで微笑む、黒髪でごく普通の女子大生――佐藤菜々美の顔写真が映し出されていた。


その頃、現場である秋葉原は、前代未聞の事態に陥っていた。

中央通りは一部が封鎖され、制服警官、消防のレスキュー隊、さらには迷彩服に身を包んだ自衛隊員までもが展開し、物々しい雰囲気に包まれている。


「こちらBポイント、異常なし! それにしても、なんだこの街は…」

「犬が役に立たん! 匂いが多すぎて警察犬がパニックを起こしている!」


人混み、電子部品の匂い、ケバブの匂い、そして無数の電波。あらゆる情報が飽和したこの街では、最新鋭の捜索機材すら満足に機能しない。


そして、その異様な光景の中に、ひときゅうわ目立つオレンジ色の集団がいた。屈強な肉体を誇る、海上保安庁特殊救難隊――通称『海猿』である。


「隊長! 神田川、水深浅く、流れも穏やか! 要救助者発見できず!」

「…そうか」


報告を受けた隊長は、静かに頷き、目の前を流れる穏やかな川を見つめた。なぜ、自分たちがここにいるのか。海難救助のエキスパートである我々が、なぜ電気街の川で待機しているのか。誰もが口には出さないが、その疑問は隊員全員の胸の中に渦巻いていた。都知事からの「総力を挙げて」という特命が、こんな事態を引き起こしたのだ。


テレビのインタビューでは、菜々美の両親が涙ながらに訴えていた。

「ななみぃ…! どこにいるの…!」

「ただ…『聖地巡礼してくる』と言って、少し変わった服で出かけただけで…こんなことになるなんて…」


警察が掴んだ、唯一にして最大の手がかり。

それは、駅前の防犯カメラに映っていた映像だった。そこには、ターゲットである佐藤菜々美の姿はどこにもない。代わりに映っていたのは、黒い修道服に金髪ウィッグ、青いカラコンという、あまりにも不審な人物が、ごく普通のパーカーを着た青年と楽しそうに歩き出す姿だった。


捜査本部は、この映像を元に一つの結論に達していた。

「佐藤菜々美さんは、この謎のシスターに誘拐、あるいは何らかの事件に巻き込まれた可能性が高い!」


誰も、その「謎のシスター」こそが、探している佐藤菜々美本人であるとは夢にも思っていない。


捜査本部のホワイトボードには、大きく『謎のシスターを追え!』と書かれている。そして、聞き込み捜査で得られた目撃情報を元に、その下に犯人と思しき人物のコードネームが書き加えられた。


『通称:シスター・ウエノオカチマチ』


「総員に告ぐ!」

現場で指揮を執る警部が、拡声器を通して叫んだ。

「我々の総力を挙げ、被害者・佐藤菜々美さんを早急に保護する! 同時に、事件の鍵を握る謎の人物『シスターウエノオカチマチ』の行方を追え! どんな些細な情報でもいい、必ず見つけ出すんだ!」


かくして、佐藤菜々美本人も知らないところで、彼女は「被害者」となり、彼女のもう一つの名前は「重要参考人」として、国家権力から追われる身となってしまった。

この壮大な勘違いが、さらなる混沌を生むことを、まだ誰も知らなかった。

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