終わりの始まり

 長く、そして楽しかった夏休みが終わりを告げようとしていた八月の下旬。その知らせは、夏の終わりの夕立のように突然訪れた。

 夜、自室で溜まりに溜まった数学の宿題と格闘していた僕を父がリビングに呼んだ。

「聡太、ちょっといいか」

珍しく真剣な声色に、僕は嫌な予感を覚えながらリビングのドアを開けた。ソファには、神妙な面持ちの父と、どこか悲しそうな不安そうな顔をしている母が並んで座っていた。リビングの空気が、鉛のように重い。

「どうしたの、二人して。深刻な顔して」

努めて明るく振る舞った僕の言葉とは裏腹に、胸の奥がざわついていた。

「聡太、よく聞いてくれ。父さんな、大阪の本社に戻ることになったんだ」


大阪


その単語が、すぐには理解できなかった。脳が、その言葉の意味を処理することを拒否しているようだった。

「……え?どういうこと?単身赴任とか、そういうやつ?」

父は、僕の希望的観測を打ち砕くようにゆっくりと首を横に振った。

「いや、家族全員でだ。……急な話で本当に申し訳ないんだが、お前も、転校という形になる」


転校


その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内は真っ白になった。思考が完全に停止し、キーンという高い耳鳴りがする。何かの冗談だろう。手の込んだドッキリか何かだ。しかし、目の前にいる両親の真剣な表情が、それが紛れもない事実であることを冷徹に物語っていた。

 大混乱に陥った僕の頭に、一番最初に思い浮かんだのは、たった一つのことだった。

――琴葉とは、どうなる?

心臓が、まるで氷水に浸されたように急速に冷たくなっていく。さっきまで当たり前にそこにあると信じていた僕たちの未来が、足元から音を立てて崩れ落ちていくのが、はっきりと分かった。

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