ふたりだけの色

 僕たちの交際は、本当に順調そのものだった。「順風満帆」とは、まさにこの時のためにある言葉だと本気で思った。

 付き合い始めた頃は、廊下ですれ違うたびに友人たちに「お、聡太!音無とデートかよ!」なんて冷やかされて、二人して顔を真っ赤にした。校内で言葉を交わすだけで、周りから生暖かい視線を向けられる。その一つひとつが恥ずかしくもあり、同時に誇らしくもあった。音無琴葉が、僕の彼女なんだ、と。

 彼女になって初めて知る琴葉の一面は、どれも新鮮で、僕の心を惹きつけてやまなかった。

普段は物静かで、少し大人しい印象なのに、僕がくだらない冗談を言うと、声を殺して笑う。その時、目が三日月のようにくしゃっとなって、それがたまらなく可愛らしいこと。意外と負けず嫌いで、期末テストの合計点で僕に負けると、本気で悔しがって次の日は口を利いてくれなくなること。でも、僕が数学でひどい点数を取った時は、放課後、図書室で「ここは、こうだよ」と根気強く教えてくれる優しさを持っていること。

 特に僕を驚かせたのは、彼女の絵の才能だった。美術の授業で描く風景画が、プロ顔負けなほど上手なのだ。光の捉え方、色彩の選び方、そのどれもが、凡人の僕には到底理解できない領域にあった。

「すごいな、音無さんの絵って。写真みたいだ」

「そんなことないよ。私は、写真よりも、もっと……見たままの空気の色を描きたいだけだから」

そう言ってはにかむ彼女の横顔は、僕が今まで見たどんな芸術品よりも美しかった。彼女のすべてを知るたびに、僕はもっと、もっと彼女を好きになっていった。

 僕たちは、ごく普通の中学生カップルが経験するであろう、あらゆる「初めて」を共有した。

初めてのデートは、駅前の映画館だった。何を観たのかは正直よく覚えていない。確か、流行りのアクション映画だったはずだが、僕の意識はスクリーンではなく隣の席の彼女に九割方集中していた。物語がクライマックスに差し掛かり館内の照明が激しく明滅する中、僕は勇気を振り絞って彼女の手にそっと触れた。ビクリと彼女の肩が揺れたのが分かった。でも、その手は振り払われることなく、恐る恐る僕の指に絡んできた。繋いだ彼女の手は、少し汗ばんでいて、信じられないくらい柔らかかった。その感触だけは、今でも鮮明に覚えている。

 初めて一緒に帰った日、家の近くの公園のブランコに並んで座り、日が暮れるまで他愛もない話をした。好きな音楽のジャンルが全く違うこと。彼女が犬派で、僕が猫派なこと。そんな些細な違いすら、僕たちにとっては愛おしい発見だった。

初めて交換したLINEは、僕が送った「今日はありがとう」という一文。数分後、彼女から返ってきた「こちらこそ。楽しかったです」という短い文章を、僕はベッドの中で何度も何度も読み返した。文末についていた猫が笑っている絵文字が、なんだか彼女自身のように思えて一人で顔が緩んだ。

 日々は穏やかに、そして幸せに過ぎていった。彼女のいる日常が、当たり前になっていく。朝、通学路で会い、教室で時々視線を交わし、放課後は一緒に帰る。そのすべてが、僕の世界を構成するかけがえのない要素になっていた。この幸せな時間が、永遠に続いていくのだと信じて疑わなかった。

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