神様より先に好き

りゅーせー

第1話 オカルトやろうぜ!

「え、せつなまだ友達出来てないの?」

 ……また居心地の悪い話題が始まった。純粋な疑問なのだろうが、ももの自分とは対照的な“陽キャ”感がグサグサ刺さる。

「お前昔っから人見知りだもんな、自己紹介で声裏返ってたし」

「そ、それ中学の時の話でしょ!」

(まいだって人見知りなくせに……)

 恥ずかしさを誤魔化すようにホットココアをすする。味わうどころではない。この話題がこのまま続けばあと30秒ほどで飲み干してしまうだろう。高いのに。

「でもさ……自分怖がられてるし話しかけても逃げられるんだよ?!」

「そりゃそおでしょ!スケバンかってくらいスカートは長いし、チョー目付き悪いし」

「おまけに時々1人で気持ち悪い笑い方してるよな」

「そうそう!スマホ見ながらニヤけてんの」

 本人の目の前で悪口大会を開き盛り上がる2人をよそに、せつなは自分の行動を見返していた。

 シ、ショック……でもスカートは足を見せたくないから長くしてるんだし、目付きは元からだ。笑い方云々は……お気に入りの百合ゲーのイベント通知が来た時の話だろう。

(無理だ!全部変えられない!)

 系統も性格もバラバラだが、各々が持つ譲れない価値観というものが奇跡的にうまく噛み合って、いわゆるイツメンとなった3人。

 ただ、人間関係──せつなにとってはどうでもいいが、2人にとってはどうでもよくないらしいものにおいては、非常にお節介を焼かれる。それはもううざったく思うくらいに。

 放課後、3人のうち誰かが選んだ店に集まり、ももとまいが注文したスイーツでいっぱいのテーブルを囲んで特に目的もなく駄弁る。

 せつなは2人みたいにお喋りではないし、何事にも無頓智で、無趣味だ。(人に言えない趣味は1つあるけれど)うっすらほとんどの人間が嫌いだし、できれば外にも出たくない……それでも毎日付き合うのは、2人が好きだから。好きなことを2人とやれば倍楽しい。好きじゃないことも2人がいればそれなりに楽しい。

(私はいつもと変わらない日常に2人がいればそれでいいのに……)

 ふと周りを見ると、自分とは正反対のキラキラした人達がいっぱいだ。

 今日、ももが選んだカフェ──ここは3人が通っていた中学校の近くにあり、女子中学生の客が多い。キラキラJCに囲まれて、自分は毎日肩身の狭い思いをしている。

(……あんな風にはなれない)

「まぁせつなにはあたし達がいるっしょ」

「そうだけどさー、クラスで一人はキツくない?せめてなんか部活とか入ったら?」
「……興味ある部活ないもん」
「顔が広くなればなんでも良いっしょ、文化部とかさ」

 ああ、2人が同じ学年なら良かったのに……心配してくれるのはありがたいが、そもそも極力人と関わりたくないし、部活なんかに入って陰気臭いオタク達と1日の1/24を共にするくらいなら帰って美少女ゲーしたいお……

「どおしてもっていうならももたちが入ったげるから!学校でずっとぼっちはもったいないよー?」
「そうかもしれないけど……」


 翌日、5時間目に新入生を対象とした部活紹介が行われた。

「以上で文芸部の紹介を終わります。ありがとうございました。」

(運動部は除外するとして、美術、バンド、文芸...興味ねー)

 せつなは何事にも関心が薄く、中学でも帰宅部だった。部活に行く時間があるなら家帰って百合ゲー、そんな人間だ。

「えー僕たちサッカー部は、優しくて面白い先輩と、楽しく練習できます!顧問は厳しいでーす!」

「コラー!!」

 主に男子生徒の間で爆笑が巻き起こる。

(あーさぶっ……運動部のノリ嫌いなんだよ)

 皆がキャプテンのギャグに気を取られるなか、せつなはその横でニコニコしている女の子が気になった。

(ん……?ん??めっちゃ可愛くないか??)

 マネージャーだろうか?少し後ろの離れた位置に立ってキャプテンを見つめている。

(タイプ、というか……私お気に入りの百合ゲー「純潔の学園エルフィリア」の羽新ミハルたんそっくりじゃねーか!)

「んじゃマネージャー、活動内容の説明を…」

(...サッカー部入ったら友達出来るかな)


 ──3日前の入学式の日、他の生徒達がひそひそと話をする中、せつなは校長の長くてつまらない話を一生懸命に聞いていた。別に真面目な訳ではない。誰にも話しかけられないからだ。

 入学式は特にトラブルもなく終わり、担任の指示のもと生徒達は各クラスへと戻る。その後、生徒達が関係を作るための談笑の場が設けられたが、せつなはそこでもポツンと浮いていた。

 そもそも自分から話しかけると『ひっ!』だとか『うわっ!』だとか言われて、話しかけられてもコミュ障がすぎて話もそこそこに終わってしまう。そうして入学初日から今までせつなは友達が作れずにいたのだ。──


「...以上でサッカー部の紹介を終わりまーす、ありがとうございましたー」

(...まぁ、サッカー部入るっつってもルール知らないし。やっぱ帰宅部でいいや...)

 帰りの会も終わり、放課後に1人でトボトボと廊下を歩いていた時だった。

「ねぇ」

「あっ、はい...?」

 不意に肩を叩かれ振り返った先には、先程の羽新ミハルたんに激似の美少女がいた。

「これ...落としたの、君?」

 その差し出されている手には、にんじんを抱いているうさぎが描かれたかわいい消しゴムが乗っている。

 一切の汚れがないような真っ白な肌に指の先は薄ら赤く染まっていて、桜の花びらのようだと思った。

「は...はい!」

 間違えた! 最悪だ、気が動転して嘘をついてしまった……本当は落し物コーナーに届けようとして拾ったものなのに。

「ふふ、なんでそんなに緊張してるの……可愛いもの好きなんだね」

「あっえっ?!はい!!」

 意外、という顔はしていたが、自分に偏見を持っているような素振りは見せない。何より、優しくしてくれる。

 カラカラに乾いた砂漠の中で、オアシスに出会ったような気分だった。見た目的にはオアシスというか、その泉の女神様だが。

 本当の持ち主には申し訳ないが、消しゴムは“きっかけ”として使わせてもらおう。

 少しひんやりとした柔らかい手で左手を包み込まれている。

 そのまま翡翠のような瞳でじっと見つめられると、まるで吸い寄せられるかのように視線を逸らすことができない。

(こんな……なんで……なんだこれ)

 せつなの思考は止まり、会話もなく、ただ顔が赤くなっていくだけの時間が流れる。

 先輩は、その見てくれのよさだけで生きていけるような容姿をしていた。

「ねぇ、入る部活探してない?」

「あ、はい...…これから写真部とか見に行こうと思ってて」

「..…ふーん」

 先輩は面白くなさそうな顔をしたあと、こちらの手を握り歩き出す。

「えっ……?えっえっ、なんですか!?サッカー部ですか!?あのっあの自分サッカーよく分かんないしマネージャーとか出来ないです!!」

「安心して、オカルト部だよ〜」

「えっ...…いやそんな部なかったじゃないですか!安心できない!!ちょっと!!!!」
 人目もはばからず廊下をずんずん歩く先輩の手は驚くほど力強い。というかこの状況に喜んでる自分もいて抵抗できない。
 せつなは引きずられるように校舎の奥へと進み、握られた手が汗ばむ頃には薄暗い渡り廊下に入った。他の部の呼び込みや有象無象の生徒たちの賑わいも遠ざかり、やわく暖かい外の光だけが差し込む場所。

「…ここ」
 机で作られたバリケードをくぐり、埃臭さに咳き込みながら辿り着いた先には、古びた木の扉があった。

「オカルト部って、看板出せないの。色々あって、ね」
 口だけ笑うその横顔に、せつなの心臓がドクンと跳ねた。

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