大林教諭は話を聞く

 ――ああ、先生。大林先生じゃあないの。そりゃあ覚えてますよ。あのあずま小学校にいらした頃には、よく、このあたりの、近所の行事にもお顔を出してくださってましたものねえ。隣町からわざわざ。この町のあたしらからしたら、本当、ありがたいことですよ。

 

 ――及川さん家はもう、忘れてしまったかのようだね。

 重病だったからしかたないと割り切ってるのか……

 唯斗ゆいとくんてのは、頭がいい子だったが、かわいげがなかったね。授業もサボってばかりいたみたいだし。わたしたちにもあいさつもしないんだよ。いくら頭がよくたって、学校やら大人やらをなめちまうのは、よくないよねえ。そういうのは、親がしつけてやらないといけないだろうに。

 

 ――飯島さん家はまだ立ち直れてないみたいよ。お母さんは精神科にかかっているんだって。無理もないよね。お父さんも気丈に振る舞ってるけど……お姉ちゃんも仕事をしばらく休んでいたけど、今は復帰して、頑張ってるみたい。かわいそうにねえ。

 

 ――小島さん家はねぇ。なんつうか、すごかったよ。あそこの奥さんもご主人も、もともとおせっかいでクレーマーなところがあったが……あの娘にお金をかけて、大事にしていたからね。

 火祭ひまつりもねえ、町内会長だからといって、古くからのやり方を、時間や手間やお金がかかるからって変えようとしたりしていたんだよ。娘の中学受験だとかで自分たちも忙しいからってね。だったら町内会長なんて引き受けなきゃいいのに。

 あの娘?ユメちゃんだっけか。あの子はは親の前とそれ以外とで別人のように態度が違う子だった。火祭ひまつりの手伝いにもついてくるんだけどさ、イヤイヤ来てるのがわかるんだよね。親の前ではよく手伝うしあいさつもするが、親がいないところだと何か頼んでもこちらを見もしないんだよ。

 あの事件でユメちゃんが亡くなってからはもう、それは大変だったようだよ。学校を訴えるだとか息巻いたり、生き残った子の家に難癖をつけたり村八分にしようとしたり。そりゃあ娘さんが亡くなってるんだもの、誰も強くは言えないさ。

 でも瀬尾さんのことがあって…さすがにわたしたちも、これは付き合いきれないと思ってね、距離を置かせてもらったよ。さすがにその空気を感じたのか、逃げるように引っ越していったね。

 火祭ひまつりは神社の神主さんが中心にやって、みんなも助け合ったよ。なんとかなったかね。

 うーん、小島さんみたいにケチろうとか、誰かを仲間はずれにしようとかする人より、はじめからこの形にしていればよかったのかもね。

 

 ――栗原さん家?あのお家は、今も、困った困ったって言ってるよ。うん、困った、って。

 あそこんち、下の子のことや家のこと、陽奈はるなちゃんにやらせていたからね。そう、先生も気になってらしたのね。

 娘さんが亡くなって悲しいのは事実だろうけど、どうしても、便利な娘がいなくなって自分たちが困ってるかのように見えてしまうよね……。

 なんかあの人たちズレてるのよね。陽奈はるなちゃんの話をしてても、自分たちの仕事の話を始めたり……

 陽奈はるなちゃんはあの家で、幸せだったんだろうかねぇ。

 

 ――半分くらいの家は引っ越したり、実家に戻ったりしているよ。町のことをいろいろやってくれてた塚本さん家も引っ越してしまったよ。こないだお父さんが手伝いに来てくれたけど。うん、いい人だねえ。

 

 ――秋本さん家?息子夫婦はだいぶ前に越してったよ。さすがにいられないでしょう。おばあちゃん一人暮らしよ。あたしたち近所のひまな老人同士で助け合い。あのね、正直ね、息子さんがお嫁さん連れて戻ってくるまであたしたちそうしてたのよ。お嫁さんが迷惑そうにするから……できなくなっていたけどね。あの人は、お孫さんのこといつもお線香あげてお祈りしてるよ。かわいがっていたからね。いい子だったよ。あんなにいじめられていいような子じゃないよ。かわいそうに。今の時代は怖いね……まぁ、昔もか。そうだね。そうかもしれないねえ。

 

 ――戸田さんは頑張ってくれてるよ。お仕事も忙しいだろうにね。要領いい人じゃあないけど気立てがいいからね。一時期小島さんに絡まれてたのをあたしが助けてあげたのよ。それもあるのかもね。

 

 ――木下さんはもともと不思議なお宅であまり町内会に顔も出さないからね。花ちゃんはよく来るよ。あの子はわたしたち老人に優しいね。子どもらしいとことしっかりしてるとことあって、面白い子だね。ああいう子は、きっと大成するよ、うんうん。


            *

 

 ――ああ、大林先生……。

 ええ、このたびは、何と言ったら良いか……。

 

 ――校長は体調を崩してしまったんですよ。連日メディアからの、ご遺族からの、あちこちからの質問攻めでしょう。おかしくならん方がどうかしてますわ。

 

 ――大友誠司せいじ先生は……大友はね、わたしにとっては、昔の生徒なんですよ。といっても、担任で持ったことはなくて、委員会で担当した程度なんですがね。学級委員会で。その頃から、いろいろと一人で抱えるタイプかなとは感じていました。なんというかね、責任感が強くて、一度責任を感じたら、自分で全部やりたい、やらなきゃという気持ちが強い……そんな子でした。まわりのことに気づける分、自分のことが後回しになっている感じを受けました。

 その彼が、いわゆる面倒見役になっていた子がいましてね。その子が急に転校していってしまって。その後、しばらく気が抜けてしまっていたようになっていて、わたしも心配したもんです。

 

 ――彼がこの学校に戻ってきた時、何度も、懐かしい、感慨深いと言っていたんですよ。あの時の不完全燃焼感を今も今度こそ、今度こそと思っていたのかもしれませんね。特に今年は、去年まで三年生のクラスだったのが、久しぶりの六年生の担任ということで、張り切っていたようですから。

 

 ――生徒たちが次々に亡くなって、自分も校長も隣のクラスの先生も、学校会議で取り上げたり、色々声をかけてはいましたけれど、いつも気丈に、笑顔でね。対応してます、大丈夫ですって言われてしまってね。あの子の苦しさを分かち合うことはできなかった。隣のクラスの先生がベテランだから頼ればよかったと思うが、どうもね、育児中の女性だからあまり拘束しては悪いと思っていた節があるようなんですな。

 ええ……悔やまれますよ。もういい大人だとかしっかりして見えるからとか、そんな詭弁はかなぐり捨ててでも助けてやれればよかった。心霊だの呪いだのといった生徒たちのウワサも聞いてはいましたけれど、馬鹿馬鹿しいと、そう思って警察ばかりに答えを求め、ゆだねてしまった。心霊に関しては今も半信半疑ですけど、懐疑的でもなんでも、彼を、彼らを守るために、片っ端からやれることをやるべきだった。我々が。

 もう……遅いのですがね。あまりにも、あまりにも多くの生徒を亡くしました。あまりにも。

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