7月10日 田中さくらは願いをかける

 莉子りこのお葬式は行かなかった。

 お父さんのお葬式と一緒にやったらしいし。

 そんな話聞きたくなかった。


 お葬式の次の日に、ママに連れられてお線香をあげに行った。

 お仏壇に莉子りこの写真が飾られていた。

 にっこり笑ってピースしてる写真。

 もうここにいないだなんて、信じられない。


 莉子りこママは、泣きながら、

「さくらちゃんあの子と仲良くしてくれてありがとう。ごめんね、ごめんね」

と何度も言った。

 あたしは莉子りこママの顔を見られなかった。

 この人は、何を謝ってるんだろう?

 何も知らないくせに。

 よっぽど、莉子りこ最期さいごの手紙を見せてやろうかと思ったけど、やめた。

 あれは莉子りこがあたしにのこしたものだ。あたしにだけ、打ち明けてくれたものだ。

 うちのママは、莉子りこママに何も言わないあたしに、何か言いたそうだったけど、言わなかった。莉子りこの遺体を見つけたのがあたしだったから、ショックを受けてるんだろうって気づかってるんだろう。幼い弟が駆け出して、そっちに気を取られてママはあたしから離れる。小さなきょうだいたちの世話を言い訳に、あたしに触れないようにしている。

 あれから大人たちはみんなそうだ。あたしを何か言いたげに見つめて、何も言わない。あるいは、元気出してね、とか言ってくる。元気なんか出るもんか。

 それとも、無理してがまんして、大丈夫って笑えばいいのかな。そしたらみんな満足するのかな。

 それって、莉子りこがずっとやってたことじゃんね。


 学校に行っても、誰もいない莉子りこの机が目に入ったとたん、あたしの足は動かなくなる。進めなくなる。

 保健室に行く。立ち入り禁止のテープが貼ってあるけど、かまわずにまたいで中に入る。

 莉子りこがいたベッドはもうきれいになっていた。床も壁も、すっかりキレイになっていた。まるで何もなかったかのように。田村莉子りこなんていうかわいそうな子どもは、はじめからいなかったかのように。

 ――ふざけんな。

 あたしはうわばきもぬがずにベッドに寝転んだ。

 そして願う。

 ヨシダくん、ヨシダくんどうかお願いします。

 莉子りこを生き返らせて。もう一度会いたいよ。

 莉子りこの手紙の通りなら、屋上じゃなくたって、ここで願ったっていいはずでしょう?

 莉子りこの手紙を持ってきたよ。莉子りこの血が染み込んだ手紙。体の一部って、体液だって、いいんでしょう?

 たまには呪い以外も叶えてよ。


 けれど、なにも起こらない。


 莉子りこがいなくなってから、あたしは毎日、ここでこうして願ってる。莉子りこの手紙をにぎりしめて。

 でも、何も起こらなかった。

 《莉子りこの時はたった一日で叶ったのに。》

 なんで?

 なんであたしの願いは叶えてくれないの?

 莉子りこに会いたい。会いたいよ。

 ねえ、莉子りこ 。また?って笑われそうだけど、NAOの話をしたいんだ。

 莉子りこが言ってたインタビュー記事、あの後見つけたんだよ、あたし。

 NAOは幼少期、日本でイヤな思いをしたんだって。だからアメリカに行ったんだって。

 莉子りこも一緒にアメリカに行こうよ。

 あんな家飛び出してさ。

 二人ならなんだってできるから。

 莉子りこ……

 どうして、会えないんだろう。

 やっぱり、ヨシダくんは、人を生き返らせることはできないのかな。

 それだったら、せめてあたしを殺してほしい。

 莉子りこのとこに連れてってほしいよ……。


 べちゃり。

 湿った音がして、あたしは目を開けた。

 ベッドの横、カーテンの向こうに誰か立っている。なんか、生ゴミみたいな臭いがする。

「……さくら、わたし」

 莉子りこの声だ。

莉子りこ?」

 起き上がる。小さな声で呼びかける。心臓が、痛いくらいにドキドキしてる。

「そうだよ、さくら」

 莉子りこの声だ。莉子りこの声だ莉子りこの声だ。

 もう二度と聞けないと思っていた声。

 ヨシダくんが願いを叶えてくれたんだ。

莉子りこ、あたし、莉子りこに会いたくて、会いたくて……」

 涙があふれる。カーテンの向こうで影がゆらめく。

「さくら、開けて」

 莉子りこの声が優しく届く。

「うん!」

 あたしはぐいっと涙をぬぐい、笑顔でカーテンをシャッと開けた。

 そこには大きなかたまりがいた。

 全身が綱引きの綱みたいに太い毛のようなものでおおわれている。

 あの日見た血のようなもっとどす黒いような何かでぐっしょり濡れている。

 莉子りこ

 これは、莉子りこなの?

「莉――」

「さくら、あいたかったあ」

 突然ガバッと、どす黒い毛の中に、真っ赤なぬらぬらした巨大な穴が開く。びっしりとトゲのようなものが生えている。ねばっこい透明な液体がしたたり落ちる。

 これは――口?

「いただきまあす」

 莉子りこではないなにかの声が響き、あたしの視界は真っ黒になった。

 ごりゅんと音がして頭から顔中が痛みと熱さに包まれて、あたしの意識はぷつりと途切れた。

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