秋本楓の日記②

 5月26日

 及川唯斗ゆいとと、飯島のどかが、入院したらしい。それぞれ全然違う病気だという話だ。

 みんな、心配だだの、日頃の行いだだの、二人そろってだなんてあやしいだの、言いたい放題だけど、ぼくはドキドキしている。

 ただのぐうぜんだろうか?

 それともやっぱり、ヨシダくんの呪いは、存在するのか?


 6月4日

 及川唯斗ゆいとが亡くなったと先生から聞いた。

 とても重い病気だったらしい。

 みんな泣いていたけど、ぼくはなみだは出なかった。

 ただ、世界にはこわい病気があるんだなって思ったのと、あと、少しはかわいそうだなと思った。


 6月5日

 瀬尾朔斗さくとが交通事故で重症を負ったらしい。

 先生は言葉をにごしたけれど、親の話では、両足を切断せざるを得なかったそうだ。

 本当に、本当にホッとした。

 ふきんしんだとかはもはや言ってられない。

 これであの顔を見ずにすむ。仁王立ちに、にらみつけられることもないのだ。

 次は給食委員の二人かな。


 6月8日

 小林琉維るいが亡くなったらしい。

 山でだれかにおそわれたらしい。

 やみバイトとかヤクザだとかいうウワサだ。

 それなら自業自得かな。やっぱり呪いは関係ないのか?


 6月12日

 木村大和やまとが給食中にたおれた。

 オレがスープにかみの毛を入れられて、いすから落ちたときのことを思い出した。


 6月15日

 木村大和やまとはあの日の夜に死んだらしい。

 なんだかこわくなってきた。

 オレが呪ったやつばっかりだ。呪ったやつで何も起きてないのは、竹内茉由まゆと、丸山みどりだけだ。

 まさかな……


 6月17日

 山中泰誠たいせいくんと話をした。

 彼はとても大人っぽかった。

 呪いではない、ぼくのせいじゃないと言ってもらえて、本当に安心した。

 ぼくの話も、引かれてもしかたないと思ったのに、いじめられてるんだから無理もないと言ってくれた。泣きそうになった。

 もっと早く、彼と色々話をすればよかったな。

 人をうらんだりにくんだりする前に。


 山中泰誠たいせいくんにはどうしても話せなかったことがある。

 呪いはともかく、ヨシダくんがいることはたしかなんだ。


 ぼくはあの日、給食でひどい放送をされた時から、飯島のどかと及川唯斗ゆいとのかみの毛を屋上のはじっこにそなえて、いのった。

 あいつらにばちが当たりますようにと。

 あいつらがぼくの前から姿を消しますようにと。

 そこに、木村大和やまとと小林琉維るいのかみの毛を加えた。給食のかみの毛を入れられた以外にも、小林琉維るいにはしょっちゅう、なにかぼくが言うと茶化されたり「秋本さんがうるさいでーす」と言われたりしていたし、木村大和やまとは大人しそうな顔をして、ぼくのうわばき袋をかくしたり、プリントをゴミ箱に捨てたりしたからだ。

 そして、ぼくの工作をけったり、ぼくがなにかするとにらみつけてくる、瀬尾朔斗さくと

 彼らにいじめのアドバイスをしているらしい、竹内茉由まゆ

 毎日のようにぼくの悪口を聞こえよがしに言いふらしてる、丸山みどり

 かみの毛を手に入れるのは思いのほかかんたんだった。瀬尾朔斗さくとのは帰り際にはらりと机から落ちたのに気づけたし、あとはだいたい、体操着袋の中とかにまぎれている。

 はじめの二人のかみの毛をそなえていのり続けて、一週間がたったある日。

 その日も屋上でぼくはいのっていた。

 日がかたむいてきて、帰ろうかと立ち上がり、屋上からの階段に続くドアに手をのばした、その時。

 コンコンコン。

 目の前のドアをたたく音がした。

「あきもと、かえでくん」

 ドアの向こうから、はっきりと声がした。

「……ヨ、ヨシダくん……?」

 ぼくはおそるおそる聞いた。

「そうだよお。あきもとかえでくん。ここ、あーけーて」

 少年の声。聞いたことのない声だ。ぼくはツバを飲みこんで、思い切ってドアノブをつかみ、一気に開けた。

 そこには、

 そこにはだれもいなかった。

 ぼくはしばらくぼうぜんとして立っていたが、もう一度まわりを見わたしたあと、ドアを閉めて階段をおりたのだった。


 気のせいかとも思った。

 けれどあれだけ近くではっきりと、声を聞いた。

 やっぱり、ヨシダくんはいたんじゃないか?

 ぼくの願いを、呪いを、かなえてくれたんじゃないか?


 6月19日

 学級新聞を読んだ。

 やっぱり、あの時の声は、ヨシダくんだったんじゃないか?


 願いがかなったのに、全然うれしい気持ちはわいてこない。

 ただ、こわくてこわくてたまらない。

 どうにかして止められないのだろうか?


 6月21日

 竹内茉由まゆと、丸山みどりの分は、いのるのをやめた。だから結局、二日しかおいのりをしていない。きっと大丈夫。呪いは発動しないはずだ。


 6月23日

 アンケートが配られた。学級新聞に、ヨシダくんの話や、そのほかの怪談をのせていいか悪いか。

 ぼくは迷わず、「反対」に丸をつけた。

 ふきんしんだとか、亡くなった人たちに失礼だとか言いたいんじゃない。

 こわいんだ。ぼくのしたことがあばかれていくのが。


 6月24日

 なんで


 6月25日

 ぼくは呪いに行ったわけではない。

 ただ、屋上にかみの毛を置きっぱなしだったことが気になっていて。

 台風でかみの毛が、それをおさえていた石ごと飛んでいってしまってるんじゃないかと、少し期待して、がまんできなくて、見に行ったんだ。

 石は飛んでなかった。そこにあった。

 ぼくはそっと石をどけて、雨に流れていくかみの毛を見ていた。

 その時だ。

 竹内茉由まゆが、屋上に来たのだ。

 カサもささずに、ずぶぬれで。

 ぼくはびっくりして声も出なかった。呪いをかけていたことがバレたのかと思った。

 でも、竹内さんは何か言っていた。

 あやまりたいと、言っていた。

 あやまりたい?

 どういう心境の変化だろう。

 ぼくにはわからない。いじめをしようと思ったことなんてないから、いじめをする人たちが、あやまりたいなんて思うことがあるのかわからない。そもそも彼女があやまるようなことをぼくにしていたという自覚があったらしいことも意外だった。彼女は直接ぼくに何かしたわけじゃない。もしかしたらぼくの体操着くらいは落としたことはあるかもしれないが、物をかくしたり給食に異物を入れたり、直接絡んできたり、盗聴して全校放送で流したりなんてこともしていない。恨んでいるかと聞かれたら恨んでいる。実際になんらかの手段に出たか裏で手を回して色々やっていただけかは正直やられる方にしてみれば大した違いはないからだ。けれど彼女はいじめについてだれかに聞かれても、いくらでもいいわけして逃げることが可能な立場だと思っていた。安全なところからこちらを見下しているのだとばかり思っていた。

 その時だ。

 竹内さんの後ろに、なにか大きな影のようなものが見えた。

 ――なんだ?

 その影は、台風の中でもはっきりわかるほど、赤黒くどろどろとぬれていた。

 生ゴミのようなにおいがただよってきた。

そして、がばっと大きな口を開けた。

 口。口としか言いようがない。大きく赤い――

 必死で指さし、声を上げようとした瞬間。

 いきなり雨風が強くなり、竹内さんがバランスをくずした。

 あっという間だった。

 こわれたフェンスのすきまから、彼女は落ちていった。

 ぼくはぼうぜんとそれを見ていた。

 足がガクガクふるえた。ふりかえったら、もうあの影はいなかった。

 それからどうやって家に帰ったのか覚えていない。


 それでも学校に登校するぼくはどうかしてるのかもしれない。

 休むという発想はなかったけれど、竹内さんが亡くなったという話を聞きながら、丸山みどりがいない席を見て、ふと思った。

 学校がある日だって休みたかったら休んでいい。悪い人を見たって先生に言いたくなければ言わなくていい。子どもはもっと自由だし、ぼくはまだ子どもだ。

 もしかしたらずっとぼくも、色々まちがえていたのかもしれない。


 6月30日

 丸山みどりが亡くなったらしい。

 大友先生が見つけたらしく、今日は午前中お休みだった。だからその話は、校長先生から聞いた。

 先生も人間だもんな。

 校長先生も泣いていた。

 ぼくのせいだ。

 

 呪いに一週間おいのりが必要だというウワサがまちがっていたのだろうか?

 それともあまりにたくさんの人の死を願ってしまったから、呪いの力が強くなってしまったんだろうか?

 とにかく、呪いをとちゅうでやめても、竹内茉由まゆも、丸山みどりも、死んでしまった。

 そして。

 呪いを全部かなえたヨシダくんは、そのあとどうするのだろうか?

 呪いをかけた人は、なにもばちも当たらず、平和に暮らすのだろうか?

 たぶんそうではない。

 呪いを全部かなえたヨシダくんは、最後に呪いをかけた人を、殺しに来るんじゃないのかな。

 だって、窓の外に、今もいるから。

 あの日屋上で見た影。赤黒く濡れた巨大な影。生ゴミのようなにおい。べちゃり、べちゃりと何かがしたたる音。

 ぼくはこれから死ぬのかもしれない。

 そしたらこれで全部終わるのかな。そうだといい。

 心残りはおばあちゃんのことだけだ。

 おばあちゃんがあまり悲しまないといいのだけど。

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