6月24日 竹内茉由は失望する
台風が来ると朝のニュースが言っていた。
不要不急の外出は控えてくださいと。
それでも学校はある。先生たちは仕事に来る。親も仕事に行く。学校は不要不急ではないらしい。
教室の入り口で、わたしは足を止める。
「……それはたけうっちが言ったからじゃん」
スイちゃんが久しぶりに学校に来ていた。わたしのいる入り口に背を向けて、塚本くんと福田
「おはよう、スイちゃん」
わたしが声をかけると、スイちゃんがぴたっと話を止めた。少し気まずそうな顔をして、こちらを振り向く。
わたしが何を言ったって?
そう聞きたいのは山々だが、聞くのも怖い気もする。
わたしはこの関係を壊したくない。小林
けれど、
「たけうっち、呪いだと思う?」
スイちゃんはわたしから少し距離を置いたまま、唐突な質問をしてきた。
「え?」
「ヨシダくんの呪い。秋本が呪ったんじゃない?こんなに、変だよ、みんな、その……死んじゃったりさ。サクもあんなことになっちゃって、のどかも全然良くならないし」
矢継ぎ早に言う。背後で不安そうな表情の福田
背後にはほかのクラスメイトの視線も感じる。
気づいてはいた。多分みんな――この仲良しグループの子たちは、LINEグループでつながっている。そしてそこにはわたしは誘われていない。仲良くなってだいぶ経つけれど、誘われてはいない。そして、わたしがいないところで、おそらく飯島のどかちゃんも含めて、何か話している。ずっと。
それはたとえば、きっと、先日の学級新聞の、ヨシダくんの呪いの話だ。何も思い当たることがなければただの怪談でも、いじめの後ろめたさと、これだけの人が次々に亡くなったり入院したりすれば、疑心暗鬼にもなる。
わたしだってそうだ。
わたしは呪いなんて、信じてはいないけれど。
「わたしは、呪いとかって、信じてないけど」
わたしは言葉を選ぶ。間違えないように。薄氷の上を歩くように。
「でも、スイちゃんが怖くなる気持ちはわかるよ、だって――」
「あたしは関係ない!」
スイちゃんは突然、ヒステリックな声を出した。
「あたしは何もしてない!だから、の、呪われるはずない!何かしたって言うならそれはたけうっちの方じゃん!」
「スイ!」
塚本くんが鋭い声をかける。けれどスイちゃんは止まらない。
「たけうっちがうまくやろうって言ったんじゃん、うちらは正しいって、ただ悪者にされちゃかなわないからやるならうまくやらないとって。あたしたちおっきなことをする時にはたけうっちに相談してたよね、及川の放送のやつは及川の独断だったけど、そのほか、サクの相談にもよく乗ってたみたいだし、
よく動く口だな。
わたしは塚本くんの表情を伺う。少しはたしなめたりしてくれるかと思ったけど、彼は何も言わなかった。
「そうね、言ったね、少しは痛い目見ないと、わからないんじゃないかって」
わたしが言うとスイちゃんは、
「それで?あたしは何もしてないって?聞こえるように人の悪口を言うのはスイちゃんのおハコでしょ」
今だって。まわりの注目を引こうと大きな声を出してわたしを非難している。「ひどい」とスイちゃんが呟く。ひどいって?笑いそうになる。
「もちろんわたしはスイちゃんだけが悪いとは全然思わないよ。みんな同じようなものよ。わたしもあなたも、みんな。そして悪いのはどう考えても、呪いなんてものをかける方でしょう?呪いなんてものが本当にあるのならだけど」
秋本
「同じじゃないもん」
スイちゃんはしつこい。しつこいなぁ。あんまりケンカしたくないんだけどな。
「同じじゃないもん、たけうっちがいなかったら、あたしたちだってあんなにやらなかったよ、優等生のたけうっちがあたしたちが正しいって言うから、だから」
「わたしだって――」
わたしは、
「わたしだって、みんながいなかったら、あんなこと――」
わたしはただ、この関係を、壊したくはなくて、
「わたしはただ、みんなのためを思って――」
「みんなじゃなくって、
スイちゃんの叫びが響いた。わたしは言葉を止めた。スイちゃんはしまったという顔をした。わたしは横目で塚本くんを見た。彼は――
彼は表情を変えなかった。
わたしはなんだかそれで、わかってしまった。
彼は気づいていたのだ、わたしの気持ちに。
気づいて黙っていたんだな。
以前、瀬尾くんの
スイちゃんの甘えをうまくかわしながら機嫌をとるのも塚本くんだった。けれどわたしというライバル(?)にスイちゃんの意識が向いたことで、彼にとっては、男友達同士だけで話す時間が確保できた。
スイちゃんの言う通りだ。わたしがこの人たちに力を貸したのは、塚本くんを助けたかったから。塚本くんに困った顔をさせたくなかったからだ。
困った顔をすれば勝手にまわりが動く。わたしが動く。
そうやってきたのだ、この人は。意識的にか無意識でか。
「……そうかもね」
わたしは言う。スイちゃんは何か言おうとするが、
「わたしは塚本くんが好きだったから」
わたしは言う。かつて――今朝まで、ついさっきまでは、言うつもりのなかった言葉を。
「でも今は、それほどでもないの」
スイちゃんは、へ?という顔になる。塚本くんも、ちょっと意外そうな顔をする。
「だから安心してねスイちゃん。もう本当に、わたし、なにもしないから」
わたしはそう言って、くるりと三人に背を向けて、自分の席に向かった。
背後で、「えっ?ええ?つまり?ええっ?」と戸惑っている福田
休み時間にわたしに話しかけてくる人はいなくなった。
もともとわたしはそうだった。一人で本を読んだり、授業の復習をしたり、意味もなく階段を往復したりして、時々クラスメイトや隣のクラスの子と少し話す程度の生徒だった。
スマホをいじり、LINEのグループ登録をはずす。わたしはあの関係を壊したくはなかった。そう思っていた。けれど、わたしが思う友人関係なんてはじめからなかったのだ。わたしは塚本くんへの下心で瀬尾くんの話を聞いていたし、スイちゃんはニコニコしながらわたしを
だからわたしは大丈夫。
元に戻っただけなのだ。
「
昼休み。
「……なに?」
「別に。大丈夫かなって思って」
わたしは不覚にも少し泣きそうになってしまった。バレないようにフイと窓の外を見て、
「大丈夫だけど別に」
と言った。
「そう。話は変わるけど」
「夏休みの肝試し企画はなくなりそうだよね」
本当に話が変わったな。ちょっと笑いそうになる。これも彼女なりの気づかいなのかもしれない。
「でしょうねー、こんな状況ではね」
わたしが言うと、
「でも
「へえ、意外」
わたしが言うと、
「意外かなあ?ほんとにダメなの……」
栗原さんは眉を八の字にして困ったように笑う。
「それで、わたしユーレイなんかいないって言ってるんだけど、
「呪いも信じてないって言ってたよね?」
これにもうなずく。朝の会話はクラスの半数以上に聞かれている。今さら誤魔化すこともない。
「……でもわたし、見たの」
「秋本さんが、屋上に上って行ったの」
「ええ?いつ?」
思わず聞く。
「屋上に上ったところで、鍵がかかってるだろうしねえ」
わたしが言うと、
「いや、鍵は壊れてるのよ」
「えっ?」
「普通に開けようとすると開かないけど、反対側に捻ってから押しながら開けると開いちゃうの」
「なんで、そんなこと知ってるの?」
「こないだ見に行ったから」
「それ先生は知ってるの?」
「知らないんじゃない?そもそも先生たちもめったに屋上に行かないでしょ」
それは……いいのか?
隣の
「え、で、
わたしが聞くと、
「そういや言ってなかったね」
自由だな。
まあ……
放課後、
「台風来てるから早く帰んなよ。じゃまたね」
正直、かなり救われた。
昼まで殺伐としていたわたしの心は、今や静かな湖畔って感じに穏やかだ。もちろんスイちゃんも塚本くんも福田
「……あ」
わたしは帰ろうとして、階段を上ってくる人影に気づいた。
秋本さんだ。秋本
わたしに気づかずに、そのまま三階から屋上へ向かう階段を上って行く。
彼の姿が見えなくなってから、わたしはそっと、階段を上り始めた。
屋上の扉は本当に開いた。
屋上は雨と風が吹き荒れていた。
傘を持ってこなかったので、ドアを開けて一歩出た瞬間、わたしは一瞬でずぶ濡れになった。
まあでも傘があってもずぶ濡れにはなってただろうな。
そのまま南西の角に向かう。秋本さんのしゃがんだ背中が見える。あれ、柵が一部壊れている。危ないなあ。
「秋本さん」
呼びかけるが彼は気づかない。無理もない。この雨と風では。
「秋本さん!」
大きな声を上げると、彼はビクッと振り向いた。わたしの顔を見て、表情がひきつる。かわいそうなくらいに。
「聞いて!」
わたしは怒鳴る。
「ごめん、わたし、やっぱり、よくなかったと思ってるの!」
秋本さんの表情はひきつったままだ。
「だから、謝りたいの!」
秋本さんのことは好きではない。けれどそれとイジメるかとか、こらしめるかとかは別だ。わたしも友達にハブられて、スイちゃんに裏切られて、今心の中にある彼らへの感情は、むなしさと悔しさだけだ。ああそうだなあイジメを
そういうことだ。理由も言わずに集団で理不尽に叩いたりハブったりしたところで、怒りと恨みを買うだけだ。相手によってはトラウマにはなるかもしれないが、それが相手にとっていい薬になんてなるわけがない。そんなことを決めて私刑を
秋本さんが目を見開く。口を開く。
ぱくぱくと口を動かし、わたしの背後を指差す。
――え?
振り返ろうとした時、耳元で声が聞こえた。
いただき、ます。
信じられないくらい強い風が吹いた。
わたしはバランスを崩して、踏みとどまろうとした左足が滑った。
そのまま転ぶように風にあおられて柵の方へ倒れ込む。
そこには柵がなかった。
「え?」
体が浮く。
さっき見た光景を思い出す。南西の角。秋本さんのしゃがんだ背中。柵が一部壊れている――
そこから、落ちた?
本当に?
地面が見える、みるみる迫ってくる。
ばっと色々な光景が目の前に浮かぶ。単身赴任中だけどテレビ通話してくれるお父さんの顔。中学受験のためのオープンキャンパスに行った帰りにパスタを食べた時のお母さんの顔。松岡くんが好きだと話してくれた時の
ああ、塚本くん。
ごめんね。
わたしやっぱり、塚本くんのことが好き。
今でもずっと好き。
ざがががが、と鈍い音とともに衝撃が、わたしの全身と、右眼から脳天を貫いた。
それが最期だった。
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