6月4日 竹内茉由は目撃する
「また秋本がウザ絡みしてきやがってさ」
瀬尾くんがぼやいている。わたしはうなずく。
体育委員会の帰り道、後の二人――松岡
正直、瀬尾くんの話にはあまり興味が持てないことも多い。大体が秋本
まあでも、嫌いというわけではないし、それに、瀬尾くんと仲良くしていることで、たくさんの友達と、そして塚本
「
スイちゃんは屈託なく言う。
「まあ、そうね……頭もいいし、運動神経もいいしね」
わたしは無難な答えを探す。
「頭も運動神経もいいのは、たけうっちもじゃーん」
スイちゃんはわたしの肩をぺしぺしたたく。
「そんなことないし……足はスイちゃんの方が速いでしょ?」
「運動神経って、足の速さだけじゃないもーん」
まあたしかにわたしは力はある方だ。ゴツいともいう。もう少し女の子らしい顔、体に憧れはあるんだけど。
「でもわたし、暗記が苦手で。歴史かなり無理そう」
わたしはため息をつく。4月の学級新聞で、冨田
「あー、理系ってやつだねー。でも理系の方が
文系が苦手なら理系、というわけでもないと思うのだが。それにしてもスイちゃんは、軽いように見えて意外と色々考えている。
「まーあたしはこのかわいさで、男に
スイちゃんはキャハハと笑う。色々……考えているのよね?
「でもダメだよーたけうっち。
急に言われてドキッとする。スイちゃんはニコニコしている。
「
「
歌うように言う。
誰が決めたの、そんなこと?
突っこみたくなる気持ちを抑えて、わたしは「そうだね」と笑う。
どうせこの恋はかなわない。伝えるつもりもない。自分の立場はわきまえているつもりだ。
「
体育委員会の前、久しぶりに原
彼女とは去年、放送委員で一緒になって色々話した。そしてお互い好きな人がいること、相手に思いを伝えるつもりはないことを知り、意気投合した。
今年も同じ体育委員になった。けれど、会話はめっきり減っている。理由は明快で、わたしが積極的に話しかけていないからだ。彼女はよく言えばクール、悪く言えば少し一匹狼なところがあり、自分から他者に積極的には絡まない。
それは自分からまわりの人に絡んでいく必要がないというのもあるだろう。彼女は背が高く足が長く、美人で、スラリと引き締まったスタイルを持っている。来る者拒まずな性格もあって、彼女のまわりにはだいたいいつも、誰かがいるのだ。
比べることでもないが、わたしとは生きている世界がまるで違うのだ。
そんな彼女とまさか、共通の話題ができるとは、去年放送委員で一緒になるまでは思ってもみなかった。
「
帰りの放送の後二人きりになった時、唐突に聞かれて、わたしはすぐに反応することができなかった。それは認めたのと同じだった。
「い、言わないでよだれにも。」
わたしはあわてて言った。「だれにも内緒だよ?わたしもだれにもいうつもりなかったんだから」
取り乱すわたしに
「わかってる。それにわたしも、松岡くんが好きだから、おあいこね」
とさらりと言った。わたしはおどろいて彼女を見る。放課後の薄暗い廊下で表情は見えなかったが、夕日が当たる耳たぶが赤くなっていたのは、夕日のせいだけではなかったと思う。
だから、そう、わたしが気を回してあげている部分もある。せっかく今回、偶然とはいえ、松岡くんと
それともそれは、言い訳だろうか。
一匹狼で少し近寄りがたく、スイちゃんたちとの絡みが普段ほとんどない彼女とばかり仲良くしていると、あちらのグループから
「なあに?」
わたしはなるべく自然に聞こえるように聞き返す。
「大丈夫?」
「……なにが?」
なにがだろう?わたしはなにかしただろうか?
「大丈夫ならいいんだけど。無理してないかなって」
スイちゃんと塚本くん、瀬尾くんが校庭を歩いている。
ギクリとした。
彼女はわたしの気持ちを知っているのだ。
「別にしてないけど、無理なんて。そう見える?」
つとめて冷静に聞き返す。そう、わたしは、無理なんてしていない。自分の意見は
自分だって体育委員で松岡くんと、楽しくやってるじゃない。なんでわたしにだけ。心の中で毒づく。
「いや?ならいいんだけど」
そう言って
「――秋本のやつ、最近なんか怪しいんだよ」
瀬尾くんの言葉に、「そうなの?」と返す。
「そうなんだよ、コソコソしてさ。こないだもオレの机の下で何かやってた。声をかけたらびびって、落とした消しゴム探してるだけって言ってたけど」
「ふうん……」
「オレの机だけじゃねえぞ。昨日はたけうっち、お前のロッカーあさってたぞ」
「ええ……なにそれ」
それはイヤだな。わたしは眉をひそめる。そんなことする人だとは思ってなかったんだけど。
――まあ、わたしたちも……というか瀬尾くんやスイちゃんたちも、彼のロッカーから物を落としたりしてるけど。
「なんか
瀬尾くんは平気な顔でさらりと怖いことを言う。わたしは先日の給食での放送を思い出す。あれは及川くんが仕組んだことだと後で聞いた。内容は秋本
でも復讐なんて、何をどうやると言うのだろう?彼に賛同する仲間がいるとも思えないし、子どもが一人でできることなんて限られている。
「そんなだから、嫌われるのよねえ」
「まったくだ。ま、せいぜい暴走でもして、自爆してくれればいいけどな」
「想像つくわ」
あたりさわりのない会話をしていると、交差点前の分かれ道についた。わたしは「それじゃあ」と手を振り、左に曲がって歩き出す。
キキーッ、ドン。
耳をつんざくようなブレーキ音と、鈍い音が響いた。
わたしはばっと振り返る。
大きなトラックが塀に突っこんで、めりこむように止まっている。
「――瀬尾くん?」
彼の姿はない。わたしは駆け寄る。
トラックは前方が潰れている。塀も粉々に崩れている。そのトラックの下。
そこに彼がいた。
「瀬尾くん!」
彼は答えない。ぐったりと倒れている。
足が見えない。巨大なタイヤの下敷きになっている。
すっと背筋が寒くなる。頭がクラクラする。
遠くで救急車のサイレンの音が聞こえる。
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