美大落ち吸血鬼の民族浄化 〜異世界を現世の転移者から守り抜け〜  赤い坩堝と影の螺旋

@behimosu-tubuse

美大落ちのルーファウス

もう嫌だ

本当に嫌だ

こんな事なら最初から何もしなければよかった


ルーファウスは絶望した

全てを捨てて挑んだ美術大学の入学試験に落選したのだ

他人は視野の狭い情弱共、生きた死人、安定に生きる能無しと見下してきた

理解していた

自分は天才でも無ければ狂人でもない

どこにでもいる 凡夫に過ぎないのだと


─ルーちゃんへ、元気にしていますか?─


母からの手紙

それより下は読むことが出来なかった

大口を叩き大都市ミュンヘンまでやってきたと言うのに、遺産の半分をただドブに捨てただけだった

当然、親に合わせる顔もなかったのだ


机の引き出しにそっと手紙を仕舞い込む

代わりに取り出すのは、数枚の求人票と自身の職務経歴書


「精肉工場、害虫駆除、図書館の警備員か。どれもパッとしないな」


安定所から渡されたのは、どれもパッとしない日雇い薄給の誰でも出来る仕事ばかり

どうせやるなら特別な事がしたい

彼の中にあるのは、根拠のない自信と絶望的なまでの人生への楽観視

そして、自分の否定に対する恐怖だった


「しょうがない、間に合わせだ。これにするか」


そう呟き一枚の求人票を手に取る。

選んだのは、最も高額かつ自身に向いているであろう害虫駆除の仕事

床に散乱した洋服に袖を通し、鏡に映る自分を眺める

黒髪黒目という至極平凡な外見だ

その母から受け継いだ、ちぢれ髪と整った二重瞼が無ければ大衆との区別など付かなかっただろう


そっと洋服から櫛を取り出し髪を溶く

軽く髪の毛を整えたのち、ふと鏡の裏へと視線が移る

罪悪感から背け続けていたクローゼットが容赦無く自分の心を抉ってきた


「わかってんだよ」


大きな溜息を吐き、彼はクローゼットの封印を解く

そこにあったのは、新品同様の参考書と2ページだけ描かれた建築物の絵

我が人生、あるいは自分そのものの縮図を見せ付けられる気分になりより一層気分が悪くなる

不快でありながらも今まで捨てずに取っておいたのは、これらが自分の人生そのものだったからだろう

意味のない虚勢と意思の弱さと薄っぺらさの象徴


もう限界だ

部屋に放り投げられたクズ袋を持ち出し、一心不乱に参考書を押し込む

本を一冊二冊と捨てるたびに心に掛かったモヤが晴れていく感覚に陥った


削除という名の逃避は彼の心に偽りの光を灯し、行先を照らし出した


「さて、まずは仕事だな」


クズ袋を片手に最低限の容姿を整え、面接会場へと出発した





面接結果は合格

一抹の不安が解消された事にルーファウスは安堵する

当面はこの職場で金を稼げば良い、その傍らで自分の夢を追えばよいだろう

カフェの中、周囲を見渡せば若い男女ばかり

中には子連れの女もいる

ありふれた幸せに目を背けつつ、ルーファウスは待ち合わせていた女性の到着を待つ

前もってビールを注文していたが、思ったより到着が遅い

既に泡が崩れ落ち、小麦色の液体が力無く発泡する



カランコロン



店の扉がそっと開く音が聞こえ、一部の客達が新たな客をチラリと眺めやがて自分の世界へと帰ってゆく

やや虚な表情の黒いワンピースを纏ったの女がこちらを眺め、そっと背ける

そんな態度に若干、いや大いに心を傷つけられながら

重い腰を強引に持ち上げ彼女の元へと向かい始めた

一歩進む毎に、心を熱した針で刺されたような感覚に陥りながら突き進む


「レーヴェン、待ったよ。何してたの?」


ガールフレンドのレーヴェンは髪を弄りながらポツリと呟く



「バイトやってたんです。もう凄く忙しくて」



何とも心の籠もっていないセリフに腑が煮えくりかえる

忙しいと宣う割には化粧が整っているし、上品な香水の匂いも漂ってくる

それに知っているのだ

彼女が、この数刻前まで路上の浮浪者と堂々と時間を潰していた事を


(この腐れ女!本当に死ね、あのホームレスと一緒にいる時はあんなに楽しそうにしてるくせに!)


内に湧き出る理不尽な怒り

しかし咎める事が出来ない

話せば必ず自分を尾行していたのか?などと詰め寄られる

何より年下の女に侮られている現状が堪らなく不快で屈辱的だった


「まぁいいや、席とってあるから」


「はーい」


彼女はそう言うと椅子の埃をハンカチで払い席に着いた



何も言葉を交わさずにビールを半分程度飲んだ所で、ようやく

レーヴェンが口を紡ぐ


「あの、何も話さないんだったら帰っていいですか?」


「どうぞ」


「わかりました、ご馳走様ー」


レーヴェンはそう言うとハンカチをバックに仕舞い、そそくさと席を立ち会計を済ませた

泡のこびり着いたジョッキと香水の匂いを残し、本当にレーヴェンはそのまま帰ってしまった



惨めさとぶつけようの無い憤怒に心が支配される

本当は今日、別れ話を切り出すつもりだった

仮に彼女が出会ったばかりの無邪気な態度で接してくれたなら、新しい職場の話題でも出そうかと準備していたのに全てを吐き出す前に逃げられてしまった

眉間を八の字に歪ませ、青筋を浮き立たせる

無意識のうちにルーファウスは机に拳を突き立ててしまった


突然の轟音に店内の客たちは呆然とする

どうやら同時に声も上げていたようだ

小走りで若い娘の店員が床に散乱したビールジョッキの破片を回収しにくる





軽蔑の視線





惨めだ







死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい





「何でお前らそんな目で俺を見るんだ!俺がお前らに何かしたか!?勝手に楽しめよ!ほっとけよ!知ってんだよ!どうせ俺は負け組のカス野郎なんだよ!」


気づくと目から大粒の涙がこぼれ落ち、肩は震え、鼻水が顔から垂れていた

軽蔑の目が次第に憐れみの目に変わる

同情なんてされたく無い、下に見られたくない、誰か助けて欲しい

矛盾する感情の奔流に身を焦がし、ルーファウスはただ大声で泣いた


客は程なく先程の世間話の続きを初め、店員も泣きじゃくる自分を咎めることは無かった




服を散らかし酒に溺れる

明日から仕事だと言うのにまるで希望もやる気も出ない

少しでもリフレッシュすべく窓を開け、タバコを手に取りそっと火をつける

濃厚な蒸気が肺に伝わり、ゆっくり大気へ押し戻す

ボロアパートの下では不良達が薄汚れた酒瓶を手に乱行パーティをしており、非常にやかましい

しかし、そんな彼らが何処か羨ましいとすら感じた


「ルーファウス、俺だ兄さんだ。居るのか?」


扉の向こうから突如声が聞こえる

双子の兄、ラインハルトだ

この地域一帯で保安活動を行っている警察官、即ちエリート


「居ないのかー?……はぁ、しょうがない手紙だけ置いて帰るか」


扉の下から手紙がそっと投げ入れられる

数分間待ってみたが音はない、どうやら帰ったようだ

気を取られ手元で灰だらけになったタバコを処理し、手紙を回収する


「少し前に帰らないで待ち伏せしてた事あったからな」


兄への不満を呟きながら、手紙を開封しチラリと真っ赤な色紙が顔を出す

その異様な雰囲気にやや焦りを覚え、封筒を早々に破り捨て中身を開く

内側から出てきたのは、赤い手紙ともう一枚の白い手紙


……


此度の特別浄化作戦へのご応募誠に感謝致します

さて、内容の程は先にご説明した通りですので省略させて頂きます

明日、アルヴの森にて演習を行いますので朝04:00までに該当地域へ集合願います

誠に危険な任務となりますので、義務として遺書と同意書を記入して頂きます

最悪の場合を考え、塾考した上でご決断ください


                               



                                国家保安部


……


「な、なんだこれ特別浄化作戦?俺が応募したのは民間の害虫駆除業者だぞ」


混乱

突如として自らに舞い降りた赤い死刑宣告

国家保安当局は兄が所属する警察の筈だ

それ以上でも、それ以下でもない

では何故自分の元にこんな手紙が寄越されたのか

ルーファウスは部屋をぐるぐると歩き回り思考を巡らせる


「兄が職を失った俺の為に仕事を斡旋した?それとも、求人票の読み忘れ?不味いなとっくに捨ててしまったぞ」


あらゆる可能性をルーファウスは模索するが、一向に結果は導き出されない

何が目的で兄はこんな手紙を寄越したのか

赤い招待状は見てくれこそ恐ろしいが、書いてある内容は至極人道的であくまで説明と同意を求めるものだ

恐ろしいのはこっちの遺書の方

民間企業に応募した後、すぐに送られてきた謎の手紙

きな臭い事この上ない

しかし、ルーファウスの脳内は謎の高揚感と興味で溢れかえっていた


「元々こんな世の中に希望なんてないんだ。ここで生きていても一生負け犬、これは寧ろチャンスなんだ!」


偶然か陰謀かなんてどうでも良い

少なからず目の前にあるのは、普通の人間では決して手に入らない何らかの特別な仕事だ

今まで自信を侮り、嘲笑してきた同期や大人達

そして、”腐れ女”

奴らを見返す絶好の機会だ

どんな陰謀が背後に蠢いていようと、それらを全て喰らい尽くせば良い

ようやく訪れた人生の好機にルーファウスは嬉々として同意書にサインし、遺書を書き始めた










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