第9話 新たなる討伐依頼


「おはようございます。こちらにいらしたのですね」


 鈴音が夕霧と共に庭の草むしりをしていると、またたび郵便に勤めている猫又のハルがやってきた。軽やかな足取りで草を掻き分けながらしゃがみ込む鈴音の元に向かい、その足に首筋を擦り付けると丸い目を更に細めて喉を鳴らした。機嫌がいいのか、先が別れた長い尾は左右にゆらゆらと揺れている。


「おはようございます。ハルさま」


 手袋を外しながら鈴音は会釈えしゃくする。


「手紙のお返事をいただきに参りました」


 そして、とハルは夕霧を見た。


みかどよりうけたまわった討伐依頼の手紙をお届けに参りました」


 ハルの視線に気がついていない鈴音は、困ったように眉を寄せた。


「その、旦那さまは今朝早くから出かけられているんです」


 真宵の帰りは誰も知らない。討伐対象の種族や住処によって、昼頃に帰ってくることもあれば、日付が変わる時刻まで帰らないこともしばしば。国からの依頼を代わりに受け取っていいものか分からず、鈴音は困り果てた。


「ええ、ではまた来てみますね」

「よろしくお願いします」

「それで、お返事のほうはどうでしょうか?」


 あっ、と鈴音は弾かれたように立ち上がった。


「お部屋にあるので、すぐ取りに行ってきますね」


 薪田に便箋びんせんを用意してもらい、返事は書き終えてある。手紙に記されていた期限日から今日来るのは知っていたが午前中とは思わなかったため、それは鏡台の上に置きっぱなしだ。鈴音ははしたないと思いつつ、ハルを待たせるわけにはいかないため小走りで部屋へと向かった。


「一応、確認です。あなたさまは側近を務めている方で間違いないでしょうか?」


 鈴音の姿が見えなくなるとハルは口を開いた。先程とは打って変わり抑揚よくようの欠けた声音は怒っているようにも聞こえる。黄金の瞳も陽の下であるのに瞳孔が丸くなっていることから夕霧——樒は(警戒されているな)と頬を掻いた。

 元飼い主によく似ているからかハルは鈴音を大層気に入っている節がある。真宵からの暴力ともとれる伽に、桔梗からの暴言、それを口先だけでしかとがめない樒をよくは思っていないのだろう。


(私もそんな自分が嫌いだよ)


 心の中で自虐しながら頷く。

 真宵の理解者として彼の考えがよくわかるため、加減をしろとは言えても伽をやめろとは言えなかった。大妖は子を成すことが難しい。少しでも確率を高めて、両者の縁をより強固にするためには、どうしても鈴音に我慢を強いてしまう。

 自分と似た境遇の鈴音には幸せになってもらいたいのに、妖狐族として、真宵の部下として、中途半端な立場でしかいさめることができない。

 そんな自分が恥ずかしくて、嫌いだ。

 樒が自責の念に囚われているとハルは大きくため息を吐き、くるりと背中を向けた。


「手紙をどうぞ。鈴音さまが戻られる前に」


 その言葉に樒は片眉を持ち上げて、鞄から手紙を取り出した。


「これは、厄介なものかい?」

「内容は存じ上げません。ただ、一刻も早くお届けするようにと命じられましたゆえ、長さまがご不在なら側近であるあなたさまに渡すべきだと判断いたしました」


 そう、と言って樒は手紙の封を開けた。真宵からは勅令ちょくれいであっても、代理として開封し読む許可はもらっている。ハルの言う「一刻も早く」という言葉が気掛かりだった。


「……これは、また面倒な」


 手紙には天狗の一族が侵攻をくわだてているため、妖狐族と鬼族が連携をとり、討伐の任にあたるようにとのむねが記されていた。

 天狗は妖魔でありながら〝山の神〟として信仰される種族だ。妖力とは異なる力——神通力を所有しており、大空を飛行し、風を操り、個体によっては邪気を払い、人の心を読む者までいるという。


(真宵と相性最悪じゃないか)


 周囲の被害を考えずに戦えるのならば真宵の勝ちは目に見えて明らかだ。彼の炎は純度が高く範囲も広い。

 けれど、相手は天狗。奴らの住処である山で、風に煽られた炎を制御するのはそう簡単にはいかないだろう。

 そして、味方が鬼族という点もと言ってもいい。個を重んじる性質は同じだが、妖術を研鑽けんさんする妖狐と怪力馬鹿な鬼は昔から相性が悪い。真宵とほぼ同じ時期に長の座を継いだ鬼族の小僧は、特に真宵のことを敵視していた。

 さすがにこれには樒も仲裁役として参戦しなくてはいけないだろう。


(里から増援を呼ぶのと桔梗あれは帰省させて、……いや、見張っておきたいし役に立たないが討伐に参加させるべきだな。あと鈴音ちゃんのお世話は薪田くんに頼んでみるか。彼、意外と面倒見いいし)


 悶々もんもんと考えていると手紙を手にした鈴音が戻ってきた。

 樒は急いで手紙を隠すと夕霧の仮面を貼り付ける。


「お待たせして申し訳ありません。こちらをお願いします」

「ええ、では背中の鞄に入れてくださいませ」


 言われた通りに鞄の中に手紙をしまうとハルは満足そうに笑った。


「そのご様子ですと色良いお返事がいただけたみたいで、あたくしは安心いたしました。三条潔子さまは今日が近づくたびに〝参加しなかったらどうしよう〟と悲しんでおいででしたから」

「旦那さまは予定があるため、私と付き人として夕霧ねえさまで参加いたします」

「あら、そうでしたか。それは残念」


 と言いながら、まったく残念そうではない。ハルはにこにこと笑いながら夕霧に視線を送る。どこか棘が含まれている視線を。


「あなたが参加するのでしたら、あたくしも一安心です」

「……その、ね」


 夕霧がどこか気まずそうに唇を開く。でてくる言葉は歯切れが悪く、なにか悩んでいるようだ。


「私は、実家に顔を出さなくてはいけなくなったの。それで、しばらくおいとまをもらいたくて。いきなりでごめんなさいね。参加するって言っていたのに、懇親会までに帰れるかもわからなくて」

「いいえ。謝らないでくださいませ。夕霧ねえさまはいつも私を支えてくださっていますから、おやすみは必要です」


 鈴音は小さくはにかむと「あっ」とハルが背負う鞄を見つめた。


「すみません、ハルさま。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか? お手紙のお返事を私一人でと書き換えたいのです」

「それでしたら、あたくしが潔子さまご本人にお伝えいたします」

「では、お願いします」


 鈴音は深く頭を下げた。


「それでは、あたくしはこれで失礼いたします」


 ごろごろと盛大に喉を鳴らしながらハルは去っていった。

 残された鈴音は草むしりを再開しようと手袋をはめようとして、隣に立つ夕霧の様子がおかしいことに気付いた。

 心配になり、顔を覗きこむと夕霧は肩を跳ねさせた。黒曜の瞳は不安からか揺れており、鈴音は眉を落とした。


「もしや、お父様の体調がすぐれないのでしょうか?」


 夕霧は年老いた父と二人家族だと聞いたことがある。唯一の肉親が病床びょうしょうせているのなら、彼女が動揺するのも頷ける。

 今から休んではどうか、と問えば夕霧はゆるく首を振った。


「父は元気よ。ただ、いつ帰れるのかわからなくて、その間の家事をどうするか考え込んでいたの」

「あの、私一人でも大丈夫です」


 鈴音は力こぶを作った。とはいえ、まったく筋肉は隆起りゅうきしていない。


「お料理もお掃除も全部、夕霧ねえさまに教えてもらいましたから」

「それでも女の子が山で一人暮らしは心配よ。用事が早く終われば、私も懇親会に参加できるのだけれど……」


 悩ましげにため息をつく。なにせ、その用事が天狗討伐。それも鬼と協力して、なので樒もいつ終わるのか予想ができない。協力し合って天狗を討伐できたら一週間もかからないだろうが、仲違なかたがいすれば三つどもえの決戦になる恐れすらある。


「懇親会も私一人で参加できます。だから安心してください」


 と鈴音が気丈に宣言しても夕霧は決して顎を引かない。それどころかより一層と悩ましげに柳眉りゅうびを寄せるが、突然「あっ」と声をあげた。


「私が留守の間、鈴音ちゃんのことを薪田先生に頼もうと思っていたのだけれど、懇親会もお願いしようかしら」





 ——その頃、薪田は悪寒おかんに身震いした。

 なにやら自分の知らないところで面倒なことが進んでいるような気がして、患者と看護師が怪訝けげんな目を向ける中、診察室のすみから隅までを忙しなく見渡し続けた。

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