第11話 積み重なる愛─③
声も一段と低くなっていて、肩幅も広く、身長はフィリをとうに超えていた。
后にふれようとするジャミルの手は震えている。
「そちらは我が后・フィリです。まさかお手を触れようなどと不埒なことを考えていたわけではないと思いたいですね」
「后だと? まだ半人前の后じゃないか。花盛の儀すら終えていない」
「もちろん、すぐにでも儀式を行う所存です。儀式を行っていないと判った上で部屋へ立ち入り、掟を破ったわけですね」
「お前も華燭の儀の前に会いに行ったそうじゃないか。木登りまでして、お互い様だな。そいつは元々、俺が目をつけていた后候補だぞ」
「兄上は数十人の后たちを可愛がったらどうですか? 長いこと王国を空けて、きっと寂しがっていますよ」
ジャミルはヴァシリスに掴まれた腕を払いのけた。
「花盛の儀は俺も参加させてもらう」
「憚りながら、兄様にそのような権限はないかと存じます」
「父がくたばった今、誰が王になるのか判らんだろう。どんな声で鳴くのか愉しみじゃないか」
ジャミルは雄叫びのような笑い声を上げ、部屋を出ていった。
「ヴァシリス様! よくぞご無事に帰られました……!」
「アイラ、留守の間、大変だったな。礼を言う」
「もったいないお言葉です……!」
アイラの目は涙ぐみ、嗚咽している。
「父上の件も、たいそうな思いをさせた。俺も花を手向けたい。すぐに着替えて父上に会いにいこう」
「国王もきっとヴァシリス様を待っております」
ヴァシリスはフィリの肩に手を押くと、
「フィリ、また夜に。話したいことがたくさんある」
「あ、ああ…………」
短い会話だったが、ヴァシリスはフィリの腰を抱き、強く引き寄せる。
数年ぶりに合わさる唇は繊細だが、どこか荒々しい。
角度を変えてもう一度吸いつき、離れていく。
「ラティ、リリ。立派になった」
パーチの上で威嚇の声を上げていた二頭は、ヴァシリスに撫でられるとピィ、と甘えた声で鳴いた。
太陽が沈み、静かな夜が訪れた。
入らなかったプールは風で波の音を立て、粗暴に乱された心は落ち着きを取り戻していく。
「フィリ様、ヴァシリス様が御渡りになられました」
「そのやりとりも久しぶりだな」
アイラも落ち着いたのか、ほっとした笑みを見せる。
フィリは頭を垂れ、地に手をついた。
「ヴァシリス王子、お待ちしておりました」
「侍従たちは、下がっていい」
アイラたちは一礼して、部屋を出ていった。
足音が聞こえなくなると、ヴァシリスは膝をついて、
「俺の后なのだから、そのようなことはしなくていい」
「……久しぶりだな。そのやりとりも」
「まったくだ」
互いに顔を交わせ、吹き出した。
「まだ成人の儀式は行っていないが、少しアルコールでも嗜まないか? 用意するよ」
「先にふたりで乾杯でもするか」
フィリは立ち上がろうとすると腕を掴まれ、ソファーに押し倒された。
「ヴァシリス」
「ずっと……会いたかった」
「うん……手紙だけでは物足りない」
「指輪もお守りも手紙も、ずっと支えになってくれた。ありがとう」
「僕もヴァシリスからの手紙が支えだった。仕事も順調だったみたいで、ほっとしている」
「空いている土地に建物を建て、そこで塩を作ろうかという話かでている」
「きっとうまくいくさ。……あまりに大人の男になっていて、驚いた」
「それだけか? 惚れ直した?」
「自分で言うか? 保護者として接していた部分はあるが、今はちゃんと旦那として向き合っているよ」
ヴァシリスはフィリの頬を撫で、首筋、肩、胸と徐々に下がっていく。
胸の突起に触れると、フィリの身体が小さく痙攣する。
淡い触れ合いで膨らんだ突起を、ヴァシリスは口に含んだ。
唇で食み、ぴちゃぴちゃと音を立てて吸う。
「あっ……ヴァシリス…………」
足の付け根に熱が当たった。腰を揺らすと、ヴァシリスからはかすれた声が漏れる。
「これ以上は駄目だ……っまだ成人の儀を迎えていない」
「早くお前と繋がりたい。ここは舐めてもいいか?」
「掟に反しない範囲で」
ヴァシリスの舌使いは色を含んだものではなく、子猫に懐かれている感覚だ。人肌が恋しいのだろうと察し、頭を抱えて好きなだけさせることにした。
しばらく吸っていると、ヴァシリスは満足したのか顔を上げる。
「…………腹が減った」
「夕餉は?」
「一応出されたが、ほとんど口にしなかった。父のことで頭がいっぱいだったからな」
「ブドウ酒とチーズやナッツならあるぞ」
「食べようか」
グラスに赤紫色の液体が注がれると、独特のアルコールの香りが広がる。
「波の音を聴きながらなんて、贅沢だな」
「乾杯しよう」
「ああ。成人おめでとう」
「そうだ。お前と交合できる年齢にようやくなった」
「ふふ……さっきからそればっかりだな」
「夢にまで見て、朝が大変なことになっていた」
フィリには経験がないだけに、気持ちが理解できなかった。
「交合はいいんだが、さっきジャミル王子が話していた花盛の儀とは一体なんだ? ジャミル王子も同席するようなことを話していたが」
「……フィリ、その件なんだが、これは后や王子が皆経験しなければならない大事な儀式なんだ」
「前置きしなければならないほどなのか」
ヴァシリスはワイングラスを置いた。
「后を破瓜する儀式だ。内容はとても言いづらいが……人に見守られながら行う」
「なんだって?」
フィリが前のめりになると、ソファーがぎし、と音を鳴らす。
「国王や信頼できる侍従がつく」
「アーディム王子かジャミル王子か?」
「そうだ。その話はアーディム兄様に話している。ジャミル兄様に任せるよりはいいだろうと。アーディムも上后と、花盛の儀を行った。初夜に行うのは絶対だ」
「ジャミル王子は自身が参加すると話していた」
「それは阻止しなければならない。……国王だけではいけない理由は、見届け人が一人ではごまかされる可能性があるからだ」
「……いろいろなことが起こりすぎている。国王はみまかられ、ご挨拶もできなかった」
「父を思ってくれてありがとう。父は……苦しそうな顔をしていた。地上で亡くなった人はタヌエルク神の元へ還るため、穏やかな顔をする最期だと言われているんだがな」
「苦しそうな顔?」
「病魔と戦っている父の顔と同じだった。それが悲しい」
「きっとタヌエルク神の元へ逝けるさ。なあ、アイラから少し聞いたんだが、腕のいい医師でも原因がはっきりと判らないらしいな」
「治りかけたり、急変したりと繰り返していた」
フィリは顎に指を置き、間を置いた。
「それって、食事の後だったりするか? 前にも昼餉の後に体調が思わしくないと一報が入ったんだ」
「まさか毒だと?」
「可能性はあるだろう?」
「それはないはず。国王の口にするものは、毒が入っていないか何人も確認する。しかも人は毎日変わる」
「毒によっては亡くなると、急速に硬直が始まるものもある。苦しそうな顔のまま……すまない、国王が亡くなって、最期を看取れなかったお前にかける言葉じゃない」
「いいんだ。はっきり言ってくれるのはお前やアーディム兄様くらいだ。ただ毒の件はルロ国の出身であるお前の言葉に耳を傾けなければならない。調べさせよう」
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