第21話 テッサの秘密

 エリュシカ様との食事を終えて眠る支度をしていると、テッサが真剣な顔で私の前に跪いた。

「お嬢様に聞いていただきたいことがございます」

 今日の夜の支度に来たのがテッサだけだったので不思議に思っていたのだが、どうやら話したいことがあったから他のメイドは呼ばなかったらしい。

「まずは本日の任命式。大変ご立派でございました。会場の後ろで見ておりましたが、お嬢様のご成長に涙を禁じえませんでした」

 テッサは真剣な表情で語る。どこか緊張しているようにも思える。

「正式にこのテレス家の当主となられましたお嬢様に、私の異能について知っておいていただきたいのです。これは今まで先代当主様しか知らぬことでした」

 私はテッサの異能を知らない。というかずっと異能を持っていないと思っていた。生まれたころから一緒にいるのに知らないということは徹底して隠していたのだろう。

「私の異能は読心でございます。自身が読みたいと思う人の心を読むことができる……とはいってもそれほど万能ではないのですが……」

 読心の異能に関しては聞いたことがある。確か相手が強く思う単純な感情や単語しかわからないはずだ。それも制約が多く、自分より上位の異能と強い異能を持つ者の心は読めない。

「そうだったのね。だからテッサは、小さい頃から私の考えてることを当てられたのね」

 幼い頃テッサは私がお腹がすいたなと思えばお菓子をくれたし、少し体調が悪いなと思ったらすぐに気がついてくれた。人をよく見ているのかと思っていたが、異能の効果だったようだ。

「その通りでございます。しかし先代侯爵の葬儀の日にお嬢様が昏睡状態になってから、お嬢様の感情は読めなくなりました。お嬢様はその日異能を覚醒されたのではありませんか? そして異能の種類の問題でそれを隠していらっしゃるのでは?」

 同じ利用価値が高い異能を持つ者同士、ばれていたようだ。私は少し悩んで口を開く。

「私の異能は過去視と未来視よ。内緒にして頂戴ね。あの日眠り続けたのは異能覚醒の際の暴走だったみたい」

 そう言うとテッサは目を見開いて驚いていた。

「複数の異能をお持ちなのですか……それは隠しましょう。私はお嬢様にアイリーン様のような人生を送ってほしくはございません」

 テッサは母を心から尊敬している。だからこそ、母が幸せな結婚をできなかったことを自分のことのように悲しんでいた。母は王家が定める異能婚の犠牲になったのだと本気で思っているのだ。だから私には異能婚をしてほしくないのだろう。

 

 私があっさりテッサの異能を受け入れたからか、テッサは肩の力が抜けたようだ。

「お嬢様。実はこれが本題なのですが……コルネリアにお気を付けください」

 改めて言われるまでもなく、コルネリアに逆恨みされていることはわかっている。私は深く考えずに頷いた。

「違うのです。あの者はお嬢様が思っていらっしゃる以上に不気味なのです」

 不気味とはどういう意味なのか、私にはさっぱりわからなかった。首を傾げて続きを促すと、テッサは不可解なことを言いだした。

「初めてコルネリアに会った時、心を読むことができませんでした。あの者は平民で、異能を持っていないはず。だから私はずっと警戒していたのです。もしかしたら私より強い異能を持っていることを隠しているのではと思ったので……ですが領主任命式の時だけ、あの者の心を読むことができました。それも異能を持たない平民と同じ精度で。だからコルネリアは異能を持たないはずなのですが、それならば屋敷に滞在していた時に心を読めなかったのはなぜなのか……わからないのです」

 私はあまりにも不可解な事象に薄気味悪さを感じた。これは調べる必要があるだろう。

「それは恐らくエリュシカ様に相談した方がいい問題だわ。そんな事例があるのかエリュシカ様にならわかるはず。明日一緒に相談しに行きましょう」

 テッサは深く頭を下げて合意した。

「それから、お嬢様。この件が無いにしても、コルネリアにはお気を付けください。領主任命式の時に心を読んだ限りでは、あの者はお嬢様に相当な敵意を抱いているようです。恐らくアイリーン様がいたから自分は愛人に甘んじるしかなったのだと、そう考えているようで、その象徴であるお嬢様のことも憎んでいるのかと……」

 実にはた迷惑な話である。父が母と結婚しなければ、コルネリアだって父から貴重な贅沢品を与えられることも無かったというのに。父が自力で得られる男爵位と侯爵家の入り婿の位では手に入れられる物の貴重さが異なるのだから。それを父から与えられていたコルネリアはこの国の平民で最も贅沢な暮らしをしていたと言ってもいいくらいだ。それなのに逆恨みも甚だしい。

「わかったわ。気を付けることにするわね。まあ男爵夫人になったとはいえ、私に直接手を出すのは難しいでしょうけど」

 

 私は何とも言えない不安感を抱えながら、今日を終えた。濃い一日だったなと思いつつ、疲れた体を休めようと横になる。

 すぐに眠りについた私は短い夢を見た。寝台の中で大人になったマリアンが震えて泣いている。その口からこぼれ出た言葉に、私の心臓は跳ねた。

『助けて、お姉様』

 これはただの夢か、それとも未来なのか私には判断ができなかった。今までの経験では異能で見たものは判別できるはずなのに、それがわからない。

 私はマリアンに対して複雑な感情を抱いてはいるが、嫌いなわけではない。きっとこの先ずっと、マリアンを見るたびにこの夢を思い出すだろう。私はマリアンとどんな関係を築くべきなのか、なにかあれば手を差し伸べるべきなのか。

 それはきっとその時になってみないとわからない。

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