第19話 疲弊

 王子が連行されるのを見ていると、視界の端に父たちが映った。さすがのコルネリアも今日は黒の喪服を着ている。一月だけでも家庭教師にマナーを習ったからか、他の貴族に話しかけられもしないのに自分から話しかけるという無礼はしでかしていないようだ。

 しかし他の下位貴族からも話かけられていないところを見ると、社交界に父の悪評は広まってしまっているのだろう。

 横目で父の姿を見ていると、何故か笑顔でこちらに近づいてきている。私は嫌な予感がして逃げようとするも、大きな声で呼びかけられた。

「シーリーン。おめでとう。父として鼻が高いぞ」

 その声に周りにいた貴族は振り返り、父と私の姿を見ている。ああ、なんて面倒なことをしてくれたのだろう。

「カトリル男爵。私はあなたに名を呼ぶ許可を与えたつもりはありません」

 その言葉に父はきょとんとしている。せっかくこの場に招くことで侯爵家と敵対したわけではないと証明したのに、礼儀を忘れて話しかけては台無しだ。もう私たちは家族などではないのだから。

「何を言っている。私はお前の父なのだから、名前を呼んで当然だろう」

 父は本当に何もわかっていなさそうだ。元から都合の良い時だけ父親面する男だったが、ここまで馬鹿だとは思わなかった。

「あなたは私の父ではありません。あなたが男爵家の爵位を得て私の親権を放棄した時に父ではなくなったのです」

「それはそうだが、お前にとっては私は唯一残された家族だろう。これからも甘えてくれていいんだ」

 私は本気で殴ってやりたい衝動にかられた。今まで父らしいことは何一つしなかったくせにどういうつもりだろうか。

 無言で父に蔑みの目を向けていると、父が本題をきりだした。

「ところで新しいブランドを立ち上げたのだって? コルネリアが衣装を欲しがっていてね。融通してくれるだろう?」

 その言葉に周囲の貴族がざわついた。王妃に続いて社交界の華と呼ばれる叔母が注目する新ブランドだ。皆が手に入れようと手ぐすねを引いているのに、新参の男爵夫人が真っ先に着てみろ。その価値は暴落するどころか王妃にも失礼だ。男爵夫人ごときがたやすく着られる服を王妃に着せるなんてありえない。

「予約がとりたいならご自分でスターズに連絡してください。何年待ちになるかはわかりませんが」

 私は相手をするのが面倒で説明を投げ出した。そもそも高位貴族向けに作ったブランドだ、父の治療師としての報奨金では高すぎて買えないだろう。買えても胡粉ネイルとラメとビーズ単体しか無理なはずだ。それらは元々下位貴族もターゲットにしているので、コルネリアが手に入れてもかまわない。

 

 私はまだあれこれと話しかけてくる父を無視して他の貴族家のあいさつ回りに向かう。王子と父の相手をしただけでどっと疲れた。その光景を周りの貴族も見ていたので父の評判はさらに下がっただろうが、私はもう知らない。

 気がかりなのは父と話している間、マリアンが俯いて青い顔をしていたことだ。

 もしかしたらマリアンは家庭教師に教わったことで自分の立場を正確に理解したのかもしれない。最初の私への立ち振る舞いがどれだけ非常識であったのか、理解してくれたなら家庭教師に立派な淑女に育ててほしいとお願いした甲斐があったというものだ。

 父がボンクラだからマリアンの将来にはまだ不安が残るが、私なら王妃に頼んでいい縁談を用意してやることもできる。家が決めた縁談より王家が決めた異能婚が優先されるこの国だ。コルネリアを愛している父がマリアンにおかしな輩をあてがうことはないと思うが、一応今後も動向を探っておこう。

 

 私が高位貴族の夫人の輪の中に入ると、父は去ってゆく。コルネリアに何か言われているようだがはっきり言って興味はない。しばらくするとコルネリアはマリアンを連れて同じ男爵家の面々に挨拶に行っていた。

「テレス侯爵。侯爵就任おめでとうございます。新たなブランドも立ち上げたそうで、お若いのに才覚がおありで素晴らしいですわ」

 私は侯爵家当主になったので周囲の侯爵夫人や伯爵夫人より立場が上だ。女性の中では王家と公爵家の方を除けば一番高い地位になる。この国では女性が家督を継げるのは直系に女性しかいない場合に限るので、私と母のように二代にわたり女当主というのはとても珍しい。

 そんな私が高位貴族夫人の輪の中に入れば、夫人たちの褒め殺しが始まる。みな若い私を見極めようと様々な誉め言葉を投げかけてくるが、ここで調子にのった対応をしたら子供だから御しやすいと思われてしまう。そうなったら今後はカモ決定だ。

 私はパーティーが終わるまで、気を抜けない状態で会話をすることになった。社交とはこんなに疲れるものだったのか。昔は母が守っていてくれたのだなと強く感じた。

 話しかけてくる貴族女性達はまるで狩人のようにギラギラとした目で、利用価値がありそうで幼い私に詰め寄ってくるのだ。侯爵家の寄子に挨拶に行こうにもままならないほどに、私からなんとか新しい服飾技術の情報を聞きだそうと必死だった。

 

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