第9話 試作品

 翌日、私は起きて早々に動き始めた。今日は昨日もらった貝と石を加工する日だ。ミーシャには動きやすい乗馬服を着せてもらって、部屋に材料を用意してもらう。

「さて、じゃあまずは貝を茹でて洗いましょう」

「お嬢様、私がやります」

「それじゃあ駄目なの」

 私はこの試作品づくりを自分の手で仕上げなければならない。なぜならすべての工程を子供だけでこなせる必要があるからだ。それが私の作る児童保護施設の肝になる。

 私一人で全てをこなせたら子供でもできるということの証明になるだろう。

 ハラハラと見守るミーシャに悪いなと思いながらも、私は大鍋で貝殻を茹でて塩抜きする。

 塩抜きを必ずしもしなければならないのかは実際のところよくわからない。しかしまあやっておいた方がいいものができるのではないかと思っている。

 

 次にやるのは貝の洗浄だ。ブラシで表面の汚れを落として綺麗にする。そしてその後が天日干しだ。貝殻を重ならないように並べて日に当てて干しておく。

 これらの貝は侯爵家の広い敷地で、数か月天日干しすることになる。

 要するに貝殻で作る物の一つ目は石灰だ。ゆくゆくは領地の中でも植物が育ちにくい場所に肥料として使ってみようと思っている。本当は時短のために焼いてもいいのだが火加減が難しそうなのでやめた。

「こっちはどうしようかしら。時間が足りないわ」

 もう一つ、私には作りたいものがある。だがそちらも天日干しした貝を原料にするため準備が間に合わない。

「一度ちょっと古そうな貝だけで作ってみましょうか」

 完全に冒険だが致し方ない。私はテッサに材料を持ってくるように言いつけた。

 

「お嬢様、すりこぎとすり鉢に木づちです。あとはにかわも用意いたしました」

 私はなるべく古く乾燥した貝を袋に入れると、大きな木づちを袋に振り下ろす。

「何をなさっているのですか!」

 私としては大きな貝をまず小さく砕こうとしての行動だったが、ミーシャの目には奇行に映ったのだろう、軽々と持ち上げられてしまった。

「貝を砕こうとしただけよ。降ろしてちょうだい」

 ミーシャはしぶしぶ私を降ろすと、近距離で見守っている。何があってもすぐに助けられるようにだろう。

 木づちで貝を割ると、やっとすり鉢に入れられる大きさになった。後はひたすらすって粉にするだけだ。

 細かい粉を吸い込まないように念のため口を覆う布をつけて、ひたすら貝を粉にしてゆく。風化しきっていない貝は固い、はっきり言って二の腕がやられそうだ。明日は筋肉痛でつらいかもしれない。

 

「できたー!」

 なんとか貝を粉にすることに成功した私は飛びあがって喜ぶ。この作業はもう二度としたくないと思った。

「次は膠と混ぜるわよ」

 粉にした貝を少しずつ溶かした膠と混ぜて練ってゆく。唯菜の記憶にある物より白くないし滑らかでもないが、一応形になった。

 練ったものを一旦お湯につけてあく抜きすると完成だ。

 それが終わったら色付けだ。花からとれる桃色の顔料を完成した物に混ぜて水で溶く。

「お嬢様、これは何ですか?」

 いつの間にか、ミーシャとテッサが手元をじっとのぞき込んでいた。

「これはね、胡粉ごふんネイルよ」

 名前を聞いても不思議そうにしている二人に、私は筆で出来上がったネイルを爪に塗って見せる。

「爪紅ですか? ずいぶん発色がいいですね!」

 この世界にも爪に色を付ける文化はあるが、それは花の汁などを爪に塗るものだ。そのため総じて発色が悪いし爪にも悪い。

 それに比べて胡粉は日本画を描くときに使われる絵具だ。ネイルとして使うと爪に優しいし速乾性があるし、アルコールで落とせるという利点がある。

「絵を描くのにも使えるのよ。ちゃんと乾燥させた貝殻で作ったらもっといいものになるわ」

 

 私は上機嫌でもう一つもらってきていた雲母を取り出す。キラキラとした部分をすり鉢に入れてなるべく細かくすりおろす。

 そしてその粉を少しとって爪先にかけた。すると桃色に染まった爪の先が光を反射してキラキラと輝く。そう、雲母はラメを作るためにもらってきたのだ。

「わぁ、なんて綺麗なのでしょう」

 ミーシャが目を輝かせて爪先を見つめている。今この部屋の中には、試作品の情報漏洩を防ぐためにテッサとミーシャしかいない。

「これを流行らせようと思うの。まず貝の塩抜きと洗浄、乾燥のための人を雇うわ。なるべく貧民街の子供たちに声をかけて人を集めてくれるかしら」

「……かしこまりました。それくらいの作業でしたら子供でもできるでしょう」

「よろしくね、テッサ」

 さて胡粉ネイルの商品化はなんとかなりそうだ。しかしこれを売り出すにはもっと強い味方・・・・が必要だろう。突然子供が商売を初めても警戒されるだけだ。

 私は商品を売るためにある人物に協力を仰ぐことにした。

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