悪役令嬢だそうですが、保護施設をつくりたいと思います。

はにかえむ

第1話 異能覚醒

 貧困は悪か。

 そう問われれば多くの者は否と答えるだろう。

 しかし、私は思う。貧困は確かに悪心を生むのだと。

 

 私、シーリーン・テレスが前世の記憶を得たのは九歳。今世の母の葬儀の日だ。

 教会で最愛の母との別れを済ませ、悲しみの中馬車で貧民街付近の悪路を進んでいた時のこと。

 ガタガタと音をたてて進む二台の馬車の前方に人が飛び出した。前の馬車が急停車したことで、私の乗っていた馬車も突然止まった。外の様子を知りたくてメイドに窓を開けるように指示すると、前の馬車に乗っている父親の声がした。

「そんなものは川にでも捨てておけ」

 その瞬間私は信じられない光景を目にすることになる。護衛騎士の一人が、恐らく馬車にはねられたのだろう血まみれの男の子の服を掴んで、そのまま近くのドブ川に投げ捨てたのだ。

 男の子はまだ息があった。傷だらけの体でもがき、苦しみ、ドブ川の底に沈んでいくのを私はただ見ていることしかできなかった。

 水に沈む男の子と最後に目が合って、私は失神した。

 

 後で聞いた話では十日眠っていたらしい。その間、私は鮮明すぎる夢を見ていた。

 みんな同じ制服を着て、大きな学校に通う。街はとても清潔で、浮浪児などどこにもいない。この世界とは明らかに違う、地球の日本という国で生きた一人の女の子の夢だ。

 その子は唯菜といって、女子高に通いながら放課後は子供食堂の手伝いに精を出す普通の女の子だった。本人は富裕層の子供だったが、子供の頃にあったある出来事からボランティア活動に従事するようになりそれを生きがいとしている子だった。

 

 眠っていた十日間で唯菜の半生を夢に見た私は確信した。私の異能は過去視なのだと。私が見たのは、魂に刻まれた過去の記憶だったのだ。

 異能とはこの国の貴族階級が主に持っている不可思議な力のことである。通常十歳前後で覚醒し、覚醒時やその後に暴走することもある大きな力だ。その異能の中でも過去視はとても珍しいと、今は亡き母に教えてもらって知っていた。

 恐らく私は過去視の異能が覚醒するときに暴走を起こして、十日も寝込んでしまったのだろう。

 

 目が覚めた時はメイドたちが大騒ぎして大変だった。私もまさか十日も眠っていたとは思わなかったし、泣き出すメイドに大げさだなとため息をついたくらいだ。

 しかし起き上がってみるとわかった。体が思うように動かなかったのだ。十日眠っていたのも真実なのだろうと納得していた。

 体中のあちこちが痛くて、一日中メイドたちに世話を焼かれて、真夜中になった今ようやく一人でゆっくり考える時間ができた。

 

 一人になって思い出すのは、あのドブ川に沈んだ男の子のことだ。最後に助けを求めるように私を見た男の子の瞳を思い出して、体が震える。

 私は侯爵家のお嬢様だ。蝶よ花よと育てられたから、今まで知らなかった。こんなに残酷なことを平気でできる人が居るなんて。

 ましてやそれを命じたのは自分の父親のなのだ。父親とはほとんど会ったことも無かったが、貧民のことなど同じ人間と思っていないような態度だった。

 誰もおかしいと思わないのだろうか。唯菜の記憶を垣間見た今だからこそ言える事なのかもしれないが、この世界は命の価値が軽すぎる。

 私は名前も知らない男の子のために神に祈った。どうか彼が、天へ昇れますように。

 もしかしたら私の自己満足なのかもしれない。助けられなかった自分の罪を軽くしたいがための祈りだろうと誹られるかもしれない。それでも何もしないよりはマシなのだと、唯菜の記憶が教えてくれた。

 

 一晩中祈りを捧げたおかげで、朝起こしに来たメイドにまた心配された。目が赤くなっていたらしい。

「あの……シーリーンお嬢様……実はお嬢様が起きたら食堂に来るようにと、旦那様に言われておりまして」

 メイドの一人ミーシャ・テレジアが申し訳なさそうに私に言った。その瞬間、部屋の中にいたメイド達が妙に不機嫌になった気がする。なにかあったのだろうか。

「もちろん、お嬢様が起きられるようになってからでいいのです。このミーシャも同行します」

 ミーシャががっしりとしたもふもふの手で私の手を握って言う。ミーシャは虎の獣人だ。女性だが二メートルを優に超える大きな体躯をしている。全身に毛が生えた、より獣に近いタイプの獣人で、私の護衛兼専属メイドだ。

「そうね。お父様が呼んでいるのなら、行かなくてはね。何か火急の用かもしれないし……」

「それはありえません!」

 私の言葉をさえぎって、ミーシャが牙をむいた。私は驚いてミーシャを見つめる。

「あ、申し訳ありません……旦那様の用事は急ぎではありませんので、体調のいいときになさってください」

 周りを見回すと、メイドたちみんながなんとも言い難い顔をしていた。父はまたどこかでトラブルでもおこしたのだろうか。父は母が生きていた時も、常識を逸脱した理由で母を困らせることがあったと叔母に聞いたことがある。

 とにかくメイドたちが困っているなら早く行った方がいいだろう。私は重い足を引きずって食堂へ向かった。

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