アクヤクーヌ・レイジョリオンは大ピンチである③

 「っ……! アクヤクーヌ、お前何しに来た!」


 「あら、自分の婚約者に話しかけに来ただけですよ。 何も可笑しくはないでしょう?」


 「相変わらず可愛げのない女だ」


 「必要の無い所で、愛想は振り撒かないだけです。 ……その指輪はブライアンさんがお選びになったの?」


 ゼルハルトの憎まれ口にピシャリと言い返すと、テディに向かってにこりと微笑んでみせる。


 「あ、はい……!これからもゼルハルト様と仲良くしたいなって」


 頬をポッと染めながら可憐に微笑むテディに、私も同じように微笑む。


 「まあ、随分ゼルハルト様と仲が良いのね」


 「はい、大切なお友達ですから……!」


 「その大切なお友達に、婚約者が居るのはご存知ないのね」


 ただし、私のそれは意図的な冷たさを孕んだものだ。


 アイスブルーの瞳に見下されたテディが、小動物のようにびくりと震え、うるうると瞳を潤ませていく。


 「あ、私……」


 「婚約者が居る殿方に金の装飾品を……しかも互いに身につける指輪を贈られるなんて。 テディ様は大胆な事をされるのですね」


 「その、私そんなつもりじゃ……っ」


 「そんなつもりじゃなかった? 

 ……此処は貴族の通う王立学園、特待生として此処に居る以上、貴族のしきたりや伝統は知っておいて当たり前でしょう」


 「……っ」


 大きな瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

 顔を覆いながら、テディは堪らないといった風に肩を震わせた。


 男から見たら守ってやりたくなるような姿だが、淑女として淑やかであれと教育を受けてきた我々女性陣には、『感情的でみっともない女』にしか映らない。


 ……というか、生前にも職場にこういう女が居たような気がする。何処かで秘密裏に量産でもされているのであろうか?


 「ひ、酷いですアクヤクーヌ様……私が平民の生まれだからといって、蔑むのですかぁ……?」


 「誰も貴女の生まれの事など口にしていませんよ、ただ『婚約者のいる男性』に『金細工の指輪を贈る』ことが非常識だと、当たり前の事をお伝えしただけです」


 「こ、この指輪はそんなんじゃなくてぇ……っ」


 「貴女が込めた意味など関係ありません。 

 ……しきたりを知らないようなので教えて差し上げたのですが、まさか知っていてゼルハルト様に指輪を差し上げたのですか?」


 「!?」


 サッとテディの顔に動揺が走る。


 本来のイベントならばテディはこのしきたりを知らずにアクヤクーヌの不興を買って怒らせてしまう。


 まあ自業自得といえば自業自得なのだが、レイジョリオン家への冒涜だと激昂したアクヤクーヌが指輪を奪い破壊しようとする所をゼルハルトが庇ってくれるという流れだ。


 今の私はただ、テディの行動を指摘しているだけあり、直接的な危害は加えていない。これだけでも充分悪役令嬢らしく見えるだろうが、怒りもせずに淡々と理詰めする私が薄気味悪く見えただろう。


 そして、これでハッキリした。


――やはりこのヒロインは転生者だ。


 彼女は、多分このゲームをやり込んでいるだろう。だからイベントの些細な誤差にも気づいている。

 もしかしたら、私も転生者である事を悟ったかもしれない。


 気付けば利用者たちは全てこちらを見ている。表立って間近で見学をするような者は流石に居ないが、思い思いの席に座りながら私とゼルハルト達の動向を伺っているようだ。


 「レイジョリオン伯爵令嬢がお怒りになるのも当たり前だわ……」


 「いや、レイジョリオン伯爵令嬢の言うことは正しいけど、これでは弱いもの虐めではないか……」


 「やはり、庶民を特例で入学させるのは間違だったのでは無いかしら……」


 どちらにせよ、私から見れば野次馬には変わりない。


 トリマーキ姉妹は椅子に座したまま心配そうにこちらを伺っている。

 正義感の強いバレンシアなんて、『何か有ったらすぐに飛び出ます』と大きく顔に書いてある。友人思いなのは有り難いが、令嬢として此処は抑えて欲しいものだ。


 大事になる前に適度に詰めてイベントを終わらせるかと再び口を開いた所でゼルハルトが立ち上がり、テディの前に立ち塞がった。

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