アクヤクーヌ・レイジョリオンは自分が聖女と呼ばれていた事を知る①

 曰く、それは月の夜に現れる美しい令嬢なのだという。


 月の光で染めたような美しい金髪に、妖艶ながらも凛とした美しさを持ち合わせた紫の瞳。

 月の雫を集めて作ったような美しく煌びやかなドレスは、膝上で裾が切り揃えられた、令嬢らしからぬものであるが、何処か品があり、神々しく見えるのだそう。


 可憐な妖精を従え、古から伝わる魔法を扱うのだという。


 或る者は夜の路地裏で魔物に襲われそうになったところを救われ、或る者は夜道でごろつきに絡まれた所を助けられ、また或る者は、パーティの帰り道の馬車を襲撃してきた魔物を返り討ちにしてもらったらしい。


 正体不明の、美しい妖精使い。


 その噂は王都を巡り、彼女は『月夜の聖女』と呼ばれてあがめられているのだという――。


◆◆◆


 「オイオイオイ、どうなっとるんや……」


 生きた心地のしないティータイムを終え、私は裏庭の離れにあるガゼボのベンチで、一人頭を抱えていた。


 原因は先程まで聞かされたティータイムの話題だ。


 「人気者プモねえ」


 「えらい他人事やなぁ、プモさんよぉ」


 「ボクは痛くもかゆくもないプモ〜、恥ずかしい通り名まで付けられちゃって、笑っちゃうプ痛い痛い痛い痛い出ちゃう色々出ちゃう」


 何処までも呑気な羊の妖精をとっ捕まえて、雑巾のように絞りながら私は痛む頭で状況を整理していた。


 トリマーキ姉妹から聞いた話によると、城下町に住まう平民を中心に、妖精使いが再び現れたという噂が実しやかに流れているらしい。


 其処から学園に通うご令嬢が、家族ぐるみの社交パーティーに出かけた帰りの馬車で魔物に襲撃され、これを助けて貰った事から貴族層まで噂が広まったのだという。


 正体不明の令嬢、『月夜の聖女』。


 その心当たりが、私には大いにあった。


 「やばい、これ完全にウチやん」


 「どう考えても、アクヤプモねえ」


 「いやもうホント勘弁してほしいんやけど、何やねん聖女て。柄やないやろ」


 思い返せば心当たりは幾つもある。


 確かに魔物や暴漢から助けた者の中に、まあまあ立派な馬車もあったような気がするし、その中に年頃のお嬢様も居たような……気がする。


 「ウチは魔法少女させられとるだけで、聖女になった覚えは無いんやけど!?」


 「草鞋三足目も履いちゃうプモ?」


 「要らんわい! 正直、悪役令嬢だけでこっちは手一杯やが!?」


 授業の終わった放課後に、此処に来る者は殆ど居ない。


 それを良いことに、令嬢モードを捨てた私は、プモを片手で握り締めながら頭を抱える。


 「まあ、見た目でバレる事はないやろ……」


 アクヤクーヌは青みがかった黒髪にアイスブルーの瞳、『ルナティック・フェアリー』は金髪に紫の瞳だ。結びつくことは殆ど無いだろう。


 それでも日陰に、なるべく目立たないように活躍していた所を見つけられてしまうと焦ってしまう。しかも恥ずかしい通り名まで付けられてしまった日にはどんな顔をすればいいのだろうか。


 「まあ、妖精使いの事を聖女って呼ぶ人間は、ある程度居るプモ」


 プモの言う通り、妖精と心を通わせその力を使役する妖精使いの乙女は、聖女と呼ばれ崇められる事も多い。


 魔法が廃れ、聖なる鐘の伝説も妖精の存在もおとぎ話になってしまった今では、その存在は大変貴重なものになるであろう。


 そして、アクヤクーヌ・レイジョリオンが妖精使いであることバレたら……確実にシナリオが破綻し、魔の者との均衡が崩れることは避けられない。


 「取り敢えず、引き続きウチの正体はシークレットや、あんたも引き続きぬいぐるみのフリ頼むで」


 「ボクのぬいぐるみのフリスキルを舐めないでほしいプモ! 多分妖精で一番ぬいぐるみのフリが上手いプモ!」


 「いや、それは誇れる事なんか?」


 えへんと胸を張るプモは可愛らしい羊のぬいぐるみにしか見えない。自信満々の姿は可愛らしく、そして少しウザい。


 気になることはあるが、今はただ悪役令嬢『アクヤクーヌ・レイジョリオン』をやりきり、テディに何かしらのエンディングに行ってもらわなければ困るのだ。


 「兎に角妖精のよの字も知らん、ただの悪役令嬢を貫いて――」


 「妖精がどうかしました!?」


 「ひゅい!?」


 いきなり声を掛けられた私は、思わず飛び上がる。


 奇声じみた悲鳴をあげてしまった事を恥じつつ振り向けば、其処には牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡を掛けた男子生徒が興奮気味に其処に立っていた。


 「ええっと……ご機嫌よう、ギイ殿下」

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