魔導猫のシュレディンガー
猫とトランジスタ
第〇話 ぼくとキースと魔導猫
あれは、ぼくが小学三年生の初夏のことだ。ぼくのクラスに、季節外れの転校生がやって来た。
彼をはじめて見た朝のことを、いまでもよく覚えている。日傘を差した和服姿の上品なお母さんに連れられて、ランドセルを背負った男の子がキョロキョロと周りを見回しながら校門に立っていた。
『キース・天ヶ宮・ドラゴンボルト』
教室がざわついたのは、先生が黒板に書いた彼の長ったらしい名前のせいだけではない。金髪に
「はいはいはい、しーずーかーにー! ……えーっ、ご覧のとおりキースくんは、ハーフエルフの
担任の田中先生がそう言うと、彼は振り向いてうなずいた。一回息を飲み込むと、その少年は頭を下げながら大きな声で名乗った。
「ええーっとぉ、オレのっ、いや、ぼくの名前はキース・
二、三十年ほど前から世界中で起こりはじめた、「マグラドゴアの
すなわち
エルフにドワーフ、ノーム。そのほかにもさまざまな、外見も性質も能力も人間とは遥かにかけ離れた種族の来訪者たち。彼らは「
ハイエルフの
でもその頃は、ぼくの住んでいる花東京市においてでさえも、
キースは両耳だけでなくその性格も、かなり派手で
ある日彼は、そんな悪ガキたちから寄ってたかってキツい
「――ねえキミ、大丈夫?」
放課後のだれもいない階段の踊り場で、数人から袋叩きにあって大の字に伸びていたキースに、ぼくは静かに声をかけた。
「……っせぇな。こんな
頬と腹を手で押さえながらゆっくりと体を起こした彼に、ぼくは懐からハンカチを出して渡してやった。
「なんだよ。おまえも、このエルフの耳がめずらしいとかキモチわりいとか思ってんだろ?」
「べつに? そんなの、ちっともめずらしくないけど」
「あ?」
「ぼくは、言葉を話せて魔法が使える『猫』を知ってるよ。むしろ、わりとフツーだよ、キミは」
「なんだって?」
「
「ちょ、ウソだろ?」
ぼくの話に大いに興味を持ったキースに、いつも定期入れの中に大切にしまっている一枚の写真を見せてあげた。そこには、かわいい黒白猫を抱っこしている幼い頃のぼくが写っている。
「ぼくの家族、昔ドイツに住んでたことがあってさ。そのときお世話になっていた家で、その猫といっしょに暮らしてたんだ」
魔法のかかったカメラで撮ったその写真は、まるで
《ほら、カメラ見てー!
その猫の発する掛け声とともに、目の前に本物のでっかいチーズが出現してびっくりしているぼくと、そんな魔法をかけていたずらっぽく笑う猫が写っていた。
「ホントだ……。な、なあ、おま――」
「タケル。ぼくは
「そっか、
「うーん……いつか、向こうから日本にやって来ることがあれば、ね」
「じゃ、じゃあ、オレもこの
「うん、会えるよ。たぶんね」
「マジで? すっ、すげえ!」
ぼくは右手を差し出してキースの手を握ると、地べたに座り込んでいた彼を立ち上がらせた。イジメを受けてふてくされていた彼の表情はすっかり晴れやかになって、人懐っこく笑った。その口元から、牙のような八重歯がキラリと光った。
ぼくも、そんなキースの笑顔を見てうれしくなった。
「
――――ヨハン・
その日から、ぼくとキースは親友同士になった。
そして、あれから十年。この春から大学生になるぼくは今日、
第一話に続く
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