第8話 作るのも食べるのも好きですねー。

 タローはキッチンの中央に立つと、何気ない手つきで目の前に手をかざした。すると空間がふわりと揺らぎ、そこに現れたのは異空間への小さな裂け目のような光の窓だった。まるで空中に無音で扉が開いたように、そこから次々と食材が滑るように現れる。


 赤く熟れたトマトが6つ、雪のように白いモッツァレラチーズの塊、艶のある玉ねぎ、しっかりと脂の乗った鶏もも肉。さらに乾燥ハーブ、岩塩、黒胡椒、にんにく、そして黄金色のオリーブオイルまで、必要な素材が寸分の無駄もなく並べられていく。


 迷いのない動作で包丁を取り、タローは調理に取りかかった。玉ねぎを刻む音がリズミカルに響き、オリーブオイルがフライパンで弾ける音が静かな部屋に心地よく広がる。


 その様子を見ていたミラが、首をかしげながら口を開いた。


「ねえ、タローさん。なんで普通に料理してるの? 魔法でパッと完成させちゃえばいいんじゃない?」


「そうですよね。」エリアも頷く。「こんなすごい家を出現させたくらいなんですし、料理だって一瞬でできるんでしょう?」


 タローは苦笑しながら、刻んだ玉ねぎをフライパンに入れ、ゆっくり炒めながら答えた。


「そうですねー。確かに、魔法で完成品だけ出すこともできますよ。でもねー、なんでも楽に終わらせちゃうと、人生が味気なくなるんですよ。」


 香ばしい香りがふわっと漂い、三人は思わず鼻をくすぐられて顔を向ける。


「こうやって素材を切って、焼ける音や香りを感じながら作るのって、結構楽しいんですよー。そういうのも含めて、料理って“冒険”に似てると思いません?」


「冒険と……似てる?」

 リネットが興味深そうに眉を上げる。


「例えば、目的地に瞬間移動する魔法ってあるじゃないですか。でも、旅ってそこに着くまでの道のりや、そこで出会う人たち、寄り道なんかが面白いんですよー。料理も同じで、出来上がりだけじゃなくて、その過程に楽しみがあるんです。」


 タローはそう言って、みじん切りのにんにくを加え、炒めた玉ねぎと混ぜる。じゅわっと立ち上る香りに、三人の胃がまた静かに主張し始めた。


 三人はしばし無言で、その言葉の意味を噛みしめるように考えていた。


「……なんだか、分かる気がする。」

 ミラがぽつりと呟く。「道中のトラブルとか疲れとか、あとで思い返すと、それも全部いい思い出になってるし。料理も、出来上がるまでの過程って、案外大事なんだね。」


「素材に触れることで、料理にも気持ちが込められるんだと思います。」

 エリアも優しく笑う。「それって、食べた時にも伝わるのかもしれませんね。」


 リネットは腕を組み、調理台に向かうタローを見ながら少し苦笑した。

「……本当に自分のこと“ただの旅人”って言い張るけど、言ってることが妙に哲学的よね。もしかして、本業は賢者なんじゃないの?」


「いやいやー、私がただ考えすぎなだけかもしれませんよー。」

 タローは笑いながら、仕上げにハーブをふりかけ、最後の仕上げに取りかかる。


 部屋中に、トマトとにんにくの酸味と甘みが入り混じったソースの香りが広がっていた。


 数十分後、タローが三人をテーブルに呼んだ。

 テーブルには、こんがり焼かれたチキンがどっしりと盛られ、その上にはとろとろに溶けたモッツァレラチーズがふんだんにかけられている。真っ赤なトマトベースのアラビアータソースが鮮やかな彩りを添え、添えられた焼きたてのパンとシンプルなサラダが、見た目にも食欲をそそった。


「お待たせしましたー。『たっぷりチーズとチキンのグリル焼き アラビアータソース』でございますー。」


「わぁ……!」エリアが感嘆の声を上げた。「高級料理みたい……!」


「いや、野宿の夜にこれ出されたら反則でしょ……」

 リネットは呆れつつも、もはや文句の言葉を探せない様子だった。


「いただきますっ!」

 ミラが勢いよくフォークを手に取り、がぶりと一口。

「……これ、すごい……! チキンがふわっと柔らかいし、スパイスが効いててチーズと最高に合う!」


「トマトの酸味がちょうどよくて、辛さもほんのり。全体が一体になってます……!」

 エリアは思わず目を閉じて味わっている。


 リネットも一口食べると、ほんのり頬を緩ませながらタローを一瞥し、小さくつぶやいた。

「……やっぱり、あなた普通じゃないわ。でも、これは文句のつけようがないわね。」


 タローは彼女たちの反応を楽しげに見守りながら、自分の分を口に運んだ。

「うん、美味しいですねー。やっぱり、時間をかけた分だけ味わいも深くなりますよー。」


 三人は頷きながら、まるで宿屋の晩餐のような夕食を味わった。


 タローの料理は、疲れた体をじんわりと癒し、心にまで温かさを染み渡らせる魔法のようだった。

 その夜、三人は満腹と満足のまま眠りにつき、タローという存在への謎と信頼が、さらに深く刻まれていったのだった。

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