第4話 ちょっとだけお暇いただきますねー。

 ようやく見えてきた町の門。その石造りの大きなアーチが視界に入った瞬間、三人の冒険者たちは無意識に肩の力を抜いていた。戦いの緊張、洞窟の暗がり、そして命の危機――それらから解放されて、まるで温かい毛布に包まれたかのような安心感がじんわりと心に広がっていく。


「もう少しで休めるわね……」とリネットが呟き、ミラも「早く宿屋で寝たい……ほんとに……」と苦笑しながらうなずいた。


 しかし、そんな和やかな空気をあっさりと切り裂いたのは、彼女たちのすぐ隣にいた、あまりにも飄々とした“旅人”の一言だった。


「あー、最近破壊神さんの様子見てませんねー。久々にあの世界に行ってきます。」


 唐突すぎる発言に、三人の足が一斉に止まる。振り返った彼女たちの視線の先で、タローの手元に淡い光が集まり始めていた。光は螺旋を描くように回転し、空間そのものがねじれていく。やがてぽっかりと空いた歪みは、まるで別世界への入口のような不気味さと神秘性を放ち始めた。


「じゃあ、ちょっと行ってきますねー。」


 タローはいつもの調子で、まるで市場へ買い物にでも行くかのように軽く手を振り、そのままその“扉”へと歩み入ってしまった。


「えっ、ちょっと待って!? 何それ!?」

 ミラが思わず叫ぶも、時すでに遅し。彼の姿はあっという間にその歪んだ空間に吸い込まれ、残されたのは煌めく残光だけだった。


 三人はその場に呆然と立ち尽くす。誰も言葉を発せられない。目の前で起こった現象が、現実のものとは思えなかったからだ。


 沈黙の後、ミラが半ばパニック気味にリネットとエリアを見て問いかけた。


「え……? 今の、見た……よね?」


「ええ、確かに見たわ。でも……意味が分からない。空間を……裂いた? そんなこと、魔法でも聞いたことがないわ。」


 エリアはただ、目を見開いたまま呟いた。


「異空間……。タローさんって、一体……」


 言葉が続かない。


 その時――再び空間が歪み、目の前に同じような扉が出現した。驚く三人をよそに、先ほどとまったく同じ調子で、タローがのんびりと姿を現す。


「いやー、思ったより良い方向に進んでましたねー。」

 そう言って軽く伸びをしながら満足げに頷いた。


「破壊神さん、かなり立ち直れてましたよー。一度は全部壊れちゃった世界だったんですけど、最近は緑も戻ってきて、生き物もちらほら見えるようになってましたよー。いやー、努力って大事ですよねー。」


 タローはそれだけで終わらず、当たり前のように話を続ける。


「破壊神さんって、もともとは創造神さんとバランス取ってたんですよねー。でも、昔暴走した時にその創造神さんをぶっ飛ばしちゃって、破壊し尽くしちゃって……まあ、色々ありましたけど、今は破壊だけじゃなくて、ちょっとずつ“創ること”にも目覚めてきてるみたいですねー。」


 淡々と語るタローの口調とは裏腹に、その内容はあまりにもスケールが大きすぎた。


 リネットが震える声で問いかける。


「……タローさん、その“破壊神”って、本当に神様のことを言ってるの?」


「そうですねー。ちょっと不器用ですが、優しい人ですよー。昔のことは本当に後悔も反省もしてますし。」


 あまりにも自然なトーンで語られる“神”との対話に、ミラが叫ぶように言った。

「いやいやいや! 神様って会えるもんなの!? それに『滅びた世界』って何!? どうしてそんな所にポンッと行けちゃうのよ!? あれ、一瞬で開いたよね!? 説明して!!」


 エリアも不安げに口を開く。

「タローさん、あなた……私たちが思ってたような“旅人”じゃないですよね?」


 しかしタローは、まるで世間話でもするかのように笑って答えた。

「いやいや、本当にただの旅人ですって。ただ、旅先の選び方がちょっと特殊なだけでして。皆さんもそのうち慣れますよー。世界の境界って、意外とゆるいんですよ?」


「……簡単に言うわね……」とリネットが呆れ混じりに吐き出す。


 ミラは頭を抱えつつも、思わず笑ってしまった。

「もう……分かんないけどさ。なんか、タローさんに振り回される未来しか見えない気がする。」


 エリアも少しずつ落ち着きを取り戻し、微笑みながら頷いた。

「でも……タローさんと一緒なら、普通じゃできない冒険ができる気がする。ちょっとワクワクしてきたかも。」


「さてさて、それじゃあ町で一休みしましょうかねー。お腹も空きましたし、美味しいものでも探しましょう。」


 タローが再び歩き出すと、三人もその後に続く。不思議と、不安よりも期待の方が大きかった。


 こうして、“ただの旅人”と称する男と三人の冒険者の旅は、ますます奇妙で、予測不能なものへと加速していく。


 だがその一歩一歩が、いつか語られる“新たな伝説”の始まりとなることを、このとき彼女たちはまだ知らなかった。

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